哀れなるものたち

馬車を降りると、城の方から誰かが駆け寄ってきた。


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様!お待ちしておりました!」


その人物は茶色みを帯びた髪を真ん中で分け、同じ色の口ひげをカールさせた小柄な男だった。腰を屈めてるため、よけい小さく見える。

顔の半分はありそうな程大きな目がぎょろぎょろとしており、御者の男に似ている気がした。もしかしたら、親族なのかもしれない。

肩の辺りと腿の辺りが地球儀のように膨らんだブラウスとキュロットを着用し、白いタイツにつま先がカールした靴を履いている。


見るからに怪しい男だが、この城の使用人なのだろう。そしてこのように出迎えられた事から、慶喜がこの城の主人から歓迎されていると考えても良さそうだった。


「いやあ、すまないね。急にこんな事になって。」


「何をおっしゃいます!大歓迎でございますよ!」


御者がぴしりと鞭を振るう音がして振り向くと、馬車が向きを変えゆっくりと走りだしていた。

馬車は再び、暗い森の中へ消えていく。


――あの御者は、一体どこへ向かうのだろう?元いた屋敷は既に無いというのに…


御者もまた、他の使用人たち同様馬鹿なのだろうと慶喜は思った。私刑に処されると分かっていても、所属する組織へ帰る選択肢しか浮かばないのだ。

いや、ひょっとしたら私刑に遭う事すら念頭に無いのかもしれない。


「さ、参りましょう!」


御者が馬車をひいて消えていった闇の中を、ぼんやりと眺めていた慶喜だったが、使用人と思しき男の声で意識が現状に戻りはっとした。


「さあさあ、こちらへ、こちらへ!」


使用人に促され城へと向かいながら、慶喜は自分の屋敷の使用人たちが馬鹿で助かった面もあると思った。

この受け入れ先も、使用人込みでは聞き入れてはくれなかったかもしれない。

自らの置かれた状況を判断できない馬鹿ばかりだったから、大人しく屋敷に残り、主一人が逃亡する手筈を整えてくれたのだから。

良く言えば、忠心と言えるだろう。


――忠心なんてものは、「馬鹿」を綺麗に表現し直した言葉に過ぎない。


使用人たちはひょっとすると、逃亡した慶喜が匿われた先で助けを求め、自分達を助けに来てくれる事を信じ、期待しているのかもしれない―ふとそんな可能性が過った。

主である慶喜が、自分達を見捨てるはずが無い。仕えていた自分達だけは助けてくれるはず。

そう信じていたから、ああも盲目的に従っていられたのかもしれない。

実際、使用人達から慶喜は疑うような、何かを心配するような目を向けられた事が無かった。

皆「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様に任せていれば大丈夫」と、そう信じきって何も考えていなかったのだろう。


――哀れな奴らだ。


ほんの少しの哀れみを感じながら、自分はこうは成るまいと思いつつ、慶喜は使用人と共に城に向かっていった。

廃城のように見えるが廃城ではないその城は、まるで化け物屋敷のように陰鬱な気配を漂わせている。



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