行先
慶喜の乗った馬車は、暗い森の中へ消えていった。
森の中、車輪と蹄の音だけが鳴り響いている。馬車の中から外を見ると、木々だけが延々と続いていて、それらは黒い化け物の様に見え今にも襲い掛かってくるようであった。
南瓜の馬車の中身は種もワタも無く、椅子や窓がある普通の馬車だった。
背後に付いている窓から外を見ると、遠くの方、元居た屋敷の方から大きな炎が煙をあげているのが見えた。領民達が火を点けたらしい。
慶喜は間一髪で助かったのだ。馬鹿な使用人共は、今頃蒸し焼きになっているだろう。
「おい!一体、どこへ向かっているんだ?!」
慶喜は御者に大声で、怒鳴るように尋ねたが返事は返ってこない。
「おい!聞いてんだろうが!答えろよ!」
より声を張り上げたが、相変わらず御者は無言だった。
慶喜は不安になった。
――まさかこいつは領民なりなんなり、俺と敵対する人物に俺を売り渡すつもりじゃないだろうか…
御者をどつきまわしてでも吐かせようかと思ったその時
「舞踏会…」
ボソっと声が聞こえた。
慶喜は身を乗り出した。
「何か言ったか?!舞踏会って?!」
「……舞踏会」
相変わらず、ボソッとしていたが確かに聞こえた。空耳ではなかった。御者は「舞踏会」と言った。
「ええ……」
慶喜は驚愕と呆れを感じながら、頭の中で処理が追い付かず凍り付いてしまった。
――まさか、本当に舞踏会へ行くとは…逃亡先が舞踏会って、どういう事なんだ。
あっ…そうか、このメニショなんちゃらを匿ってくれる味方がいるのだろう。そしてそいつは当然、同じ金持ち仲間のはずだ。
そして、そいつの屋敷で今夜たまたま舞踏会が開かれている…そういう事か。
慶喜は自分に都合良く、解釈した。そうでなければ、この暗い森の中で不気味な御者と二人きりで過ごす事の不安や恐怖に耐えられそうにない。
窓から見える景色が解放感あるものになった事で、森が開け、光の射す場所に着いたと分かった。
馬車が停止する。
「……到着しました。」
御者のボソッと呟く声が聞こえた。
窓から外の様子を窺うと、目の前には城が建っていた。ヨーロッパのおとぎ話に出て来るような城、しかしメルヘンチックな華やかさが無く、くすんだ、寂れた感じのする、廃城の様な印象を受ける。
城の窓からは灯りが漏れ出ており、その光が周辺に降り注いでいる。廃城ではないらしい。
この体になって間もないが、慶喜はメニショなんちゃらをそうとうなくせ者と判断していた。
そんな奴を匿おう、受け入れようと言うのだから、余程の聖人かもしくは同類に違いない。
なので、かなりの変人と思われる人物の、この不気味な住処については全く意外と思わなかった。
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