気分はシンデレラ
主人を置いてけぼりに、ズンズン先へ進む使用人の後に続いて、廊下をずっと歩いていくと再び扉が現れた。
躊躇い無く、扉を開ける使用人。扉の向こうは屋敷の外だった。
慶喜は領民が待ち構えていないか心配になるのだが、使用人は全く意に介さず外に出た。
外のひんやりとした、澄んだ空気が心地良い。暗くてよく見えないが、屋敷の前には木々が生い茂り、誰もいないようだった。
遠くの方から、領民達の屋敷に向かって叫ぶ声が聞こえるのだが、虫の声の方が大きく鳴り響いて聞こえた。
ガラガラという車輪の回るような音、蹄の音が聞こえてくる。
「馬車をご用意しました。これでお逃げください。」
いつの間にそんな気の利いた事をしていたのだろうか、と慶喜は驚いた。
――ポンコツだと思っていたが、なかなかやるじゃあないか。
馬車の引かれる音が徐々に近くなり、闇夜の影から馬車とそれを操縦する御者が現れる。
はっきりと見える場所まで来て、その姿を見た慶喜は言葉を失った。
「…え…何だ、これ…」
ゴツゴツ、でこぼことした形状。これは、南瓜だ。巨大な南瓜だった。
巨大な南瓜には馬車らしい出入口が付いており、しっかりと車輪に乗って引かれている。
暗くて色まではよく分からないが、おそらくオレンジ色なのだろう。
「南瓜の馬車…?」
慶喜は、誰ともなくそう言った。横に控える使用人は無表情で前方を見、何も言わない。
御者も同様だった。
御者は陰気で、年齢不詳な男であった。黒いシルクハットを被っており、口ひげはカールしている。何を考えているのか分からないような、異様に大きな目は、ぎょろぎょろして見えた。
体つきは服の上からでも分かる貧相さで、猫背でしょぼくれた雰囲気を纏っている。
――どうしてこの世界には、魅力的なキャラクターが出てこないんだ…?だって、異世界転生だぞ?異世界転生つったら…よく知らないけど、それでもともかく美男美女ばかり出てきて、俺に好意抱いてあれこれ世話焼いてチヤホヤしてくれるもんじゃないの?!
最初に出てきたメイドも執事も冴えないおっさん、おばはんだったし…他の使用人は皆、モブ顔のアホばっかりだし、総じて皆不愛想だし…この使用人は、話聞いてくれないし!
この御者とか本当に、何考えてるのか分からなくて不気味だよ!こんな奴と逃亡先までずっと一緒なの?!こいつに頼るしか無いのか?!
「いや、南瓜の馬車って何だよ。俺はシンデレラなの?これからお城の舞踏会にでも行くの?!ガラスの靴も用意しろよ!」
やけくそで出てきただけの台詞なのに、使用人は「こちらもご用意しました。」とクッションに乗せて透明なパンプスと思われる靴を差し出してきた。
――ガラスの靴だ…何でこんなものまで用意しているのだろう?まさか本当に、これから舞踏会へ行くのか?
これから逃亡せねばならないというのに、ガラスの靴を履くだなんて馬鹿げている。
しかし慶喜は今、裸足だったので何でも良いから履く物が欲しかった。
そのような訳で、地面にそっと置かれたガラスの靴を履いたのである。
オーダーメイドで作ったのか、サイズはピッタリである。気分はシンデレラだ。
そして思った通り、履き心地は最悪だった。
こんな靴を履いて普通に歩き回り、ダンスまでしていたシンデレラに関心しながら、慶喜は馬車に乗った。
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