領民の要求

――どうすりゃ良いんだ…既に、屋敷内にまで暴動勢は入り込んでいるみたいだし、この地下まで辿り着くのも時間の問題だろう。


馬鹿な使用人のやらかした事を咎めている暇は無い。なんとかここから逃げ出す方法を考えねばならなかった。

上では自分の同僚らが虐殺されているだろうに、慶喜の隣で突っ立っている使用人の顔にはまるで危機感が無く、他人事のようにぽかんと口を開けている。


「おい!上で暴れている領民に見つからないよう逃げ出す方法を教えろ!」


慶喜はこの屋敷の事を、何も知らない。その辺り、この使用人の方が知識はあるはずだった。藁にも縋る思いで、慶喜は使用人の肩を掴んで揺らし尋ねた。


肩を揺らされ、目を回しながら使用人は淡々を答えた。


「ここからは…抜け道がございます。そこから馬車で逃げる事が可能かと…」


「じゃあ、その抜け道へ案内しろ!早く!」



使用人は遺体を躊躇い無く踏みながら歩き、部屋の隅の方へ向かった。

そこに積まれた段ボールをいくつか退けると、扉が現れた。


「ここです。」と言いながら、使用人はドアを開ける。いかにも古そうな、錆びついたそのドアは、音も無く開いた。中は真っ暗だが、上に続く階段があるのが見える。

二人は急いで中に入ると、ドアを閉めた。


中は真っ暗で灯りが無いため、勘を働かせながら階段を登るしか無い。使用人は慣れているのか、スイスイ先へ進む。慶喜はたまにつまずいたり、しつつ先を急いだ。


幸い、階段はそれほど長く続かなかった。登り切った先は暗く狭い廊下の様である。この屋敷の一階、もしくは二階辺りの場所かもしれない。


廊下を早歩きで進むと、途中で小さな灯りが漏れているのが見えた。思わず覗き込むと、それは小さな窓だった。

今が一体何時なのか見当もついていなかったのだが、窓から外を見て現在夜である事が分かった。

領民と思われる人だかりができており、彼らは松明を手に、屋敷に向かって一斉に叫んでいる。



「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオは風呂に入れー!」


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ、歯を磨けー!」


一斉に叫び続ける領民たちを見て、慶喜は「は?!」と驚きの声をあげた。


「いや、おかしいだろ…主張する内容が…要求する内容が…風呂に入れ、って何それ…こいつら、俺の保護者かよ?!」


困惑する慶喜に、使用人は憂い顔で説明した。


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様は、代々風呂に入らず歯も磨かない事で、臭いがキツイと領民から反感を買っておりましたから…

屋敷の方から公害レベルの悪臭が漂ってくる、と。」


「代々?!…なんて一族だ。公害レベルって、俺の体臭はどんだけキツイんだよ…よく君ら使用人は平気でいられるなあ…

ていうか重税は?!殺人は?!皆、それで怒ったんじゃなかったの?!」


風呂に入り、歯を磨けば済む問題なら、今すぐにでもそうしたい所だった。



「こんな事をお話している場合ではありません、先を急ぎましょう!」


そう言うと、使用人はくるりと向きを変え再びさっさと歩きだした。


――なんという、マイペースな奴だ…俺は本当に、こいつに付いて行って大丈夫なのだろうか?


不安で仕方がないが、ずんずん先へ行く使用人はとても話を聞いてくれそうにないし、聞く事があってもこいつには理解できない可能性があった。

慶喜は、あたふたと後を追うしか無かった。







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