馬鹿と鋏は

血塗れのレインコートの中は汗だくになっている。

肩で息をしながら、慶喜は一人、薄暗い部屋で佇んでいた。右手には血を滴らせ、臓物の一部がぶら下がったナイフが握られている。


足元には楽器やアーティストの成り損ないが、数名転がっている。皆、慶喜に生きたまま体を刻まれ絶命していった。


彼らの断末魔の悲鳴は、あのコンサートで聴いたシャウトとは似ても似つかず、脹や心臓はビートを刻む事は無い。


「おかしいな…手順を間違えたのか?何か…忘れている事があっただろうか?…うーん…まあ良い、手を動かしているうちに思い出すかもしれない…材料はいくらでも調達できるんだし、ケチらなくても大丈夫…」


ポジティブに思考を切り換えた慶喜はドアに向かって「おい、次だ!」と叫んだ。

使用人が、拘束した材料を連れてドアを開けた。材料は怯えた目を泳がせている。

床に転がる凄惨な死体を目にしても、使用人達は顔色一つ変えない。淡々とロボットのように言われた事をやっている。



あれからどれくらい時が経ったろうか、死体は慶喜のいる地下室の床を埋め尽くしている状態だ。

ドーパミンが大量に放出されているのか、疲労は全く感じない。

慶喜には、これしか、あの音楽を追い求める事にしか情熱を注ぐ対象が無いのである。

あの音楽を聴きたい、という一念に全ての神経が集中され、空腹も眠気も忘れ殺人楽器作りに没頭した。


「これも駄目か…」


絶命した材料の拘束をナイフで切って解き、蹴って床に転がしながら慶喜は呟いた。


勢い良くドアを開ける音に、びっくりしてその方を見ると、使用人の一人が血相変えて立っている。

走ってここまで来たようで、息を切らして咳き込んでいた。


「何だ、もう材料が切れたのか?新しいのを調達して来い。」


使用人が材料を連れていないのを見て、慶喜はそう言った。

使用人はそれには答えず、


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様!大変でございます!領民達が暴動を起こしました!」


「ぼ、暴動?!何で?!」


作業に熱中していて気付かなかったが、そう言えば、上の方が何やら騒がしい。


慶喜はレインコートを脱ぎ捨て、恐る恐る地下から上へ登る階段を見上げた。階段の向こうから、怒鳴り声や激しい物音が聞こえてくる。


「ど、どういう事だ、一体?!いきなり暴動とか、状況を飲み込めないんだが…」


――というか「領民」とは…メニショなんちゃらは領主という奴だったのか?領主ってこんな暇なもんなの?


「度重なる増税、そして大量殺人に領民の怒りが爆発した様でございます…」


使用人が青い顔でそう答えた。


――あの、何が書いてあるのか全く分からなかった書類…あれは領内の税なんかを記したものだったのかもしれないな…


「ていうか大量殺人て…!何で俺の仕業だってバレてんの?!お前ら一体、どんな方法でどんな奴らを拉致してきたんだよ?!」


「どんな、って…普通に一人で歩いてる奴を手あたり次第にスタンガンや鈍器で殴って気絶させて車に詰め込んだり、ハローワークにいる奴らに『ついて来たら良い条件の仕事あるよ』とか言って騙したりしてつれて来ました。」


使用人はぽかんとした様子で、あっさりとそう答えた。慶喜は思わず眉間を抑える。

そしてこうも思った。


――ハローワーク…あるんだ…


「気絶させて車に…ってやり方だけど…まさか、真昼間にやってた?」


「ええ、もちろん。周囲が明るい方が仕事し易いですから!」


使用人はハキハキと、自信満々に答える。

きっと人通りなんかも気にせず、やっていたのだろう。目出し帽を被るなど、自分達の正体を隠す行為もしていなかったかもしれない。


「車はもちろん、レンタカーとかだよね?別名義で借りた…」


恐る恐る尋ねると、使用人はきょとんとした顔で


「別名義…?それ、どうやるんです?レンタカーって…利用した事無いからよく分からないので、普通に屋敷の乗用車を使いましたが…」


「レンタカーも別名義も分からないなら、どっか遠くで他人の車を盗んで使えよ!頭を使え、頭をお!

どうせナンバープレートも隠しちゃいなかったんだろ?!」


興奮し一気にまくし立てた後、慶喜はぜえぜえ息を切らした。

使用人は首をかしげていたが、「まあ良いや」という感じで勝手に話を切り上げ、違う話をし始めた。

なんというマイペース。


「わたくし共がメニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様宅の使用人である事は、狭い領内ですからよく知られていますし。

騙して連れてきた奴らが、家族や知人に話したりしていたのかもしれません。

周囲をよく見ていなかったから、目撃者もいたかもしれない…」


馬鹿な下僕ばかりで、使い勝手が良いと思っていた。

馬鹿と鋏は使いようと聞く。自分はこいつらの使い方を間違えた、と慶喜は反省した。










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