睡眠

今日は月も、星も出ていない夜だった。それでも真っ暗な部屋の中、カーテンを開けっ放しにした窓だけがぼんやり明るく、暗い影のように見える山と夜空には薄っすらと境目があり、家々の灯りがささやかな夜景を演出している。


転がった段ボール箱やCDが散らかる部屋で、慶喜は脱力し横たわっていた。

疲労困憊し、夢の希望も失い、腹は空っぽだが食欲も無い。

このまま寝てしまいたかった。そうすれば、夢の中だけでもあの音楽に出会えるかもしれない。


しかし、長くあの曲を聴いていないためかイライラして、とても寝つけそうになかった。

慶喜は勢いよく起き上がり、腹筋し始めた。その次は背筋、腕立て伏せだ。

メニショなんちゃらの体には筋力が無く、筋トレも満足にはできない。腹筋など、仰向けの状態で背を起こそうにも、どれだけ力を入れてもピクリとも起き上がれないのだ。


しかし目的は、筋力を鍛える事ではなく疲労する事だった。なので別に満足にできなくてもどうでも良い。

疲労さえすればそれで良い、もっと疲労すれば寝つけるかもしれない、そのための筋トレだった。


満足にできない筋トレを始めてからどれくらい経ったろうか、もう起き上がれないというくらいに疲労していた。

体は汗まみれで、息も上がっており眩暈がする。


これだけ疲れているのに、逆に目は冴えてしまった。これでは逆効果だ。

慶喜はふらりと立ち上がり、洗面所へ向かった。


洗面所の壁に手を触れると、ツルツルとした大理石のようで堅そうだった。

そこへ思い切り、頭を打ち付けた。激しい痛みを感じ、目の前の景色がぐるぐる回る。しかし、まだ足りない。


頭を強く打ち、気絶すればその延長線上として寝られるかもしれない。そう考えての行動だった。

曲を長く聴いていない事による中毒症状なのか、自分の体を傷つける事への拒絶反応が起こらず、躊躇いなく頭を壁に打ち付けた。

何回目以降だったか忘れたが、途中で痛みを感じなくなり「良い感じだ」と思った。気絶しかけているのだ、と。



何度頭を打ち付けただろうか、気付くと慶喜はメイド服や執事服を着た使用人らに、羽交い絞めにされていた。


「おやめくださいメニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様!」


「一体いかがされたのですか、メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様?!」


――今更だが、すごいなこいつら…皆、メニショなんちゃらのフルネームを暗記している。


そんな事を朦朧としながら考えながら、慶喜は目の前にある鏡を見ていた。


頭のどこから血を流しているのか分からないが、髪も顔も血塗れで、その血は白い寝間着も少し染めている。

メニショなんちゃらの顔は醜く歪み、弛緩した唇と虚ろな目が、不気味な笑みを作り出していた。


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