探索

「お…音楽、でございますか?」


メイドは困惑したように、聞き返した。


「そう、音楽だ!音楽って分かるか?!」


「ええ、はい、一応は…アルジュン・ジャンフラーテとか、ファルセット・ゾヴネルみたいな…ですよね?」


メイドは慶喜が聞いた事も無い、誰かの名前を例として述べた。

彼らが何者なのか分からないし、同時に名前がメニショなんちゃらに比べて短すぎる事が引っかかる。


――まさか、この世界でこんな長ったらしい名前であるのは、こいつ――メニショなんちゃらだけなのか?何で?

社会的地位の高い者の特権?


「…うん、まあ。そういうのを聴きたいんだけど、どうしたら良いかな?」


「CDを購入しておきましょうか?」


――CD、あるんだ…しかしこの部屋にパソコンやスマホは見当たらないから、ダウンロードとかは無さそうだな。


「ああ、頼むよ!何としても早く聴きたいから、なるべく急いでくれ。さっき例に挙げた二人だけでなく、手に入る音源という音源を入手してくれ!」


「承知いたしました、そのように手配いたします。」


メイドは再び一礼し、部屋を出て行った。



昼食前に、段ボール箱十箱程の音源が用意され、仕事の速さに慶喜は驚いた。


それにしても、と慶喜は思う。このメニショなんちゃらという奴は一体、何者なのか。

今朝朝食をとり、部屋に戻って謎の書類を見せられてからずっと、仕事らしい事を何もしていない。


――今日は、たまたま休日なのか?それとも貴族の日常って、そういうもん?貴族…だよな?このメニショなんちゃらって…



まあ良い、俺はあの曲さえ聴く事ができれば、あとはどうでも良い――そう気を取り直し、慶喜はCDの確認に取り掛かる。

気の利く事に、共に用意されたCDプレイヤーに次々CDを入れては視聴していった。

昼食はサンドイッチにして、部屋まで持ってこさせ、CDの確認をしながら口に詰め込み、ビールで流し込んだ。


窓から見える空が群青色になる頃、ようやく全てのCDを視聴し終え、慶喜は疲労とそして何よりも絶望からすっかり気力を失い、その場にガクッと倒れ込んだ。

用意された音源の中には、目当ての曲が無かったのだ。


ドアを叩く音がして、しばらく間を置き扉が開かれ、メイドが顔を出した。


「夕食の準備ができましたが、いかがしましょう?」


薄暗い部屋の中、うずくまるように臥している主人の影を見て、メイドは驚く様子も無く淡々と尋ねる。

今の慶喜には、食欲はおろか食事をする元気も、立ち上がる気力も失われていた。


「…いらない。そっとしておいてくれ。」


慶喜は小さくそう呟いたのだが、静かな部屋にはよく響いた。


「承知いたしました、何かありましたらお呼びください。」


メイドは事務的にそう言うと、一礼し部屋を出て行った。



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