中毒症状
居酒屋のようなメニューの朝食を食べ終えた慶喜は、次にどんな行動をとっていいのか分からず周囲の様子を窺うが、室内には慶喜と執事らしき人物以外誰もおらず、執事は相変わらず無表情で突っ立っているのみだ。
なんだか面倒くさくなり、一つげっぷをすると席を立ち、食堂を出ると寝室に戻った。
ベッドに倒れ込むように横になり、自分が酷くイラついている事に気付く。
もうずっと、長い間あの曲を聴いていないからだった。
ベッドから起き上がると、寝室中にある引き出しやら本棚を泥棒の様に漁ったが、CDやレコードといった物は見当たらない。
――やはり…この世界にあの曲は無い、少なくともこのメニショなんちゃらは、あのCDを持っていない。
この部屋に無いからといってそう考えるのはまだ早いのだが、慶喜は長く曲を耳にしておらず精神面に余裕が無かった。
早く、早くあの曲を聴きたい。その考えのみに思考が支配されている。
頭を抱え、震えているとドアをノックする音が聞こえた。入る事を許可すると、慶喜を起こし食堂まで案内したメイドが「失礼します」と言い、入室した。手には書類を何枚か持っている。
明らかにおかしな主人の様子に一瞬眉を動かしたが、すぐ無表情になり
「こちら、今月のものとなっております。目をお通しください。」と言って、慶喜に書類を手渡した。
案の定、渡された書類に書かれている文字が読めない。日本語ではもちろんないし、せめて英語ならと思うがそれでもない。何語なのかすら分からなかった。元の世界に存在する言語ではないのかもしれない。
じゃあ何で、意思疎通はできるのか…無意識にこの世界の言語を日本語のように理解できているのか?なら、なぜ読み書きには対応できていないのか。
会話による意思疎通と読み書き、共に不可能であるよりはマシだが、どうせならどちらも対応できるようにしてくれよ、と慶喜は内心いるのかいないのかも分からぬ神とやらに文句を言った。
全く読む事のできない文字列の横には、数字が書かれている。数字の表記だけは、元の世界と同じの様だった。
「あー、これは…」
どう誤魔化したものかと考えながら、慶喜は頭をかく。すると柔らかく、粘りのあるものが抉れる感触…皮脂だ。こいつは長い間、髪も洗っていないらしい。いや、風呂自体入らないのかもしれない。
「いかがでございましょう?」
構わずメイドは、涼しい顔をして業務的に喋る。
「えーと…前と同じくらいかな??どうだったっけ?」
「今月のもの」と言われた事を思い出し、慶喜は必死に言葉をひねり出した。
「そうでございますね。」
「い、良いんじゃないか?」
慶喜はそう言うと、書類を再びメイドの手に戻した。メイドは顔色を変えず、それを受け取ると一礼し向きを変え、部屋を出ようとした。
――これで合っていた…何とかしのいだ…
ホッとした後、思い出した慶喜は「ちょっと待って!」と叫びメイドを呼び止めた。
びっくりしたように振り向いたメイドに、慶喜は訴えるようにして叫んだ。
「音楽は…ここに、音楽は無いか?!」
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