朝食

メイドは一つの扉の前で、立ち止まった。素朴な木の扉だ。屋敷内の他の部分が豪奢であるのに対し、あまりに質素な扉である。慶喜は、不気味に感じた。


メイドがギイ…と、音をたてながら戸を開けた。明るい光が漏れ出し、そこに現れたのは、映画で見るような城の食堂であった。

部屋の側面にいくつかある窓のカーテンは開かれ、外から明るい陽の光が射しこんでいる。

天井にはシャンデリアが並び、広い部屋の中央には、テーブルクロスをかけた長いテーブルが置かれていた。


ドアが開かれる前の不気味な様子から一転した、ゴージャスな光景に慶喜は拍子抜けし、脱力した。

メイドに促されるようにして中に入り、テーブルに目をやると、奥の席、上座にのみ食器具が置かれている。そこがこの、メニショなんちゃらの座る席なのだろう。


――この、メニショなんちゃらは家族がいないのか?それとも既に皆、朝食を済ませた後?


疑問を抱きながら席に着くと、今度は黒いスーツの執事と思われる老爺が近づいてきた。


「おはようございます」と静かに言われたので、慶喜も「おはよう…ございます」とやや臆しながら挨拶を返すと、驚いた顔をされた。

主人が使用人に「ございます」と返したのだから、驚くのは当然かもしれない。慶喜が「しまった」と思っていたら、いつの間にか白い服を着た使用人が側にいて、料理を目の前に置いている。

使用人は料理を置くと、一礼し去っていった。


思わず、料理に目を奪われる。分厚い何某かの肉をローストしたものに、海老やイカと思しきフライ、鶏のから揚げ。

手のひら程もありそうなサイズのクロワッサン、そしてキンキンに冷えたハイボール。


――何だ、このメニューは…


朝からすごいボリューム、と言うだけでは済まない。居酒屋のような内容に、不似合いなクロワッサン…


――朝からハイボールって何だよ。せめてそこは、ワインだろう。

こいつガリガリだから小食だと思ってたら、痩せの大食いだったのか。


「いかがされました?」


料理を前に困惑していると、側に控えている執事が心配そうに尋ねてきた。


「いつもと同じメニューをご用意したのですが…もし、違うものをご所望でしたら用意させ…」


「ああいや、いい。これで良いから。気にしなくて良い。その、昨夜はおかしな夢を見たものだから、いつもと調子が違うんだ。気にしないで。」


メニューに文句は無かったし、作り直させる間待つのも面倒だった。

あのCDを聞いて以来、慶喜にとって食事は栄養を摂るためのものでしかない。


慶喜は慌ててそう言うと、肉やフライを平らげ、クロワッサンを口に詰め込み、ハイボールで流し込んだ。




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