肖像画

顔を洗い、歯を磨き、次は着替えとヘアメイクだろうかとぼんやり予測していたのだが、メイドは「では、朝食の用意ができております。」と言って食堂らしき場所へ促してくる。


慶喜自身、身なりについては大雑把な方であり、あの曲を聴くようになってからとは言え、風呂や歯磨きもろくにやらず平気な程であった。

だから別に抵抗は無い。


そういう訳だから、ボサボサの髪とだらしなく着崩した寝間着のまま、メイドに付いて部屋を出た。


――この世界はおそらく、中世ヨーロッパをモデルにした様な世界だろう。俺の転生先、メニショなんちゃらはどう見ても西洋人だし、このメイドもそうだ。

家具や部屋の様子を見ても、中世ヨーロッパを舞台にした映画で見るような物ばかり。

チューブの歯磨き粉や、歯ブラシがこの頃あったかどうかは知らないが…まあ、あくまで異世界であり、中世ヨーロッパに似て非なるものだからな…


中世ヨーロッパでは、身分の高い者は寝癖だらけの髪と寝間着姿で食卓に着くものだったのか…?

それとも、この世界だけ?いや、もしかしたらこのメニショなんちゃらだけの習性かもしれない。

何しろ、歯を磨くよう注意されて「歯を磨く事が正しいとは限らない」つって駄々をこねるような奴だからな。




そんな事を一人で考えながら、メイドの白髪交じりの頭髪や丸い後ろ姿をぼんやり眺めつつ、広い廊下を裸足でペタペタ歩いた。

廊下は床も、側面、天井をも大理石のようだった。


廊下には絵画が点々と飾られている。どれも肖像画だ。慶喜は思わず、足を止めて見入った。

数ある肖像画の一つに目を止め、見入っていると


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ九十九世様の肖像画に、何かありましたか?」


と、メイドに声をかけられた。


「九十九世?!」


慶喜は思わず素っ頓狂な声を返す。

メニショバなんちゃら…よく覚えていないが、先ほどメイドの言った名前は自分の転生後の名前とまんま同じである気がする。

目の前のメイドは不思議そうな顔をしており


「何を今更…メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ百世様、貴方様のお父上ではありませんか。」


「ひ…百世…そ、そうだったな。ところで、ど忘れしたのだが私の祖父は…ええと、メニショバ…」


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ九十八世様、でございますよ。しっかりなさってください、一体どうなされたのです?今朝は様子がおかしいですよ。」


メイドはそう言うと、再び廊下を歩き始めた。

この家の当主は皆、同じ名前を付けられるらしい。元いた世界の中世ヨーロッパでも、先代の名を付けられ二世、三世となる事はあった。

しかし、百世とは…


慶喜は九十九世の肖像画を改めて見やった。白い髭を生やした、スキンヘッドの老人が、口を真一文字にしあらぬ方を見ている。

何の変哲も無い、どこかで見た事のあるような、無いような、すぐに忘れてしまいそうな顔をしていた。




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