異世界転生

メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ

ふわふわと、浮遊するような気持ちの良い状態だった。遠くから、誰かを呼ぶ声がする。よく聞き取れないが、「慶喜」とは呼んでいない。別の誰かが呼ばれているのだろう。

なので、構わず目を閉じどこかを浮遊していた。目を閉じているのに、自分のいる場所が明るくて、キラキラ光るものが埃のように舞っているのが分かった。

そして、あの音楽が聞こえる。普段CDで聞いている、コンサートでも感動せずにいられなかったあの音楽が。


――そうか、ここは天国なのか。


虫の息と思っていた英二から、何度も頭突きをくらった所まで覚えている。

あれで自分は、命を落としたのだろう。そして天国へ導かれたのだ。


これから自分は永遠に、この心地良い場所であの曲を聴きながら過ごす事ができる。

そう思うと、英二への恨みや怒りは感じなかった。


――英二、俺の分までしっかり生きろよ…俺の屍を越えてゆけ!


それにしても、誰かを呼ぶ声はどんどん大きくなる。正直、曲を聴くのに邪魔だった。


――誰か知らないが、さっさと見つかってくれないかな…


「…様」


「…メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様!」


呼ばれている名前を聞き取れる程、声が近く大きくなった瞬間、ぱっと目が覚めた。


慶喜は仰向けになっていた。しかし目に入ったのは、空き地の上空に広がる青い空や藪根家と思しき和室の天井でもない。

窓から入る陽の光で薄暗く見える、グレーの布のようなもの。


そして、横たわっている場所には非常にふかふかとした布団や枕がある。寝心地がとても良い。

普通なら、ずっとここで横たわっていたいと思う所だが、予想だにしない状況に驚き、思わず飛び起きた。


そこは広い洋室だった。洋風の家具や誰が描いたか分からない絵画、そして慶喜は天蓋付きベッドにいる。


「メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様!」


覚えられない程長い名を呼ぶ声が、すぐ側で聞こえた。

声のした方を見ると、そこにはメイド姿の女が控えている。藪根家のお嶋と同じくらいの年齢に見え、所々白髪が混じった髪を後ろに束ねていた。


「ようやく、お目覚めになられましたか。」


メイドは、やれやれといった様子でそう言った。


――どこだ、ここは?一体、どういう経緯で俺はここに?そしてメニショなんちゃらって、このメイドは俺をそう呼ぶが…俺の名はそんな変な名前じゃないぞ?!


「さ、顔を洗って歯も磨いてくださいまし。」


メイドに促され、慶喜は洗面所らしき場所に連れていかれる。

そこで鏡を見た慶喜は、驚愕した。鏡に映っているのは、見知らぬ男の姿だったのだ。






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