強打

慶喜は倒れた大木の先を目指し、走った。途中、大木の影から苦しそうな呻き声が聞こえたが、おそらく木に登っていた参加者たちのものだろう。

木が倒れた時、振り下ろされるようにして落下した者もいたが、しがみ付いたまま地面に叩きつけられたり、幹の下敷きになった者もいたかもしれない。


自分以外の全ての参加者が、死んだかもしくは動けない程の重症を負っている事を願った。


走り出してから、それほど長い時間は経っていないはずだが、慶喜には非常に長く感じられる。

他の参加者の死を願いつつ走り続け、ようやく木の先が見え、辺りに人の気配が無い事で気分が高揚した。心なしか、足が軽く感じられより速く走れている気がする。


木の先まであと一メートル程になり、慶喜は高揚した心で飛び上がり、木の先に手を伸ばした。


木の横たわる方から何かが飛び出て、慶喜の体に衝撃を与えた。地面に叩きつけられ、目の前には凄まじい形相の英二がいる。

頭部を怪我したらしく、頭から流れる血が目の辺りまで流れていた。その血は乾いて皮膚にこびり付いており、たった今流れたものではないと分かる。

大木の上で戦い、負傷してできたものだ。


英二は息を荒くしながら、慶喜を組み伏せ睨んでいた。その目には怒りではなく、執着が表れていた。金、ひいてはあのCD、コンサートへの。


慶喜が仰向けに倒れており、彼の上に英二がのしかかる姿勢である。不利な体勢に思われた。

英二が片腕を振り上げ、殴りかかる体勢をとる。しかし、その動作は鈍い。慶喜は容易にその腕を掴み、ひっくり返して形勢を逆転させた。


木に登りつつ殺し合い、倒れた幹と共に少しは地面の衝撃を受けたであろう英二は、目に見えて疲弊している。

慶喜も地面の上で死闘を繰り広げ疲弊しているが、それでも英二よりは体力がかなり残っていると思った。自分にはまだ全力疾走する余裕があるが、英二は這うのがやっとに見える。骨折も、しているかもしれない。


これは自分の方が有利だ、俺の勝ちだと確信した。


慶喜は片腕を振り上げ、英二を殴った。英二は慶喜の振り上げた腕を掴もうとしたが、その力は弱く弾き飛ばされる。

拳に肉や骨を打つ感覚と、痛みが走る。何度も繰り返すうちに、拳の痛みは麻痺して何も感じなくなった。


もう良いだろう――そう思って手を止めて見ると、英二の顔は腫れや痣、傷だらけで、顔のパーツは辛うじて判断可能だが、もはや原形を留めておらず誰なのか分からない程になっている。


「悪く思うなよ、俺がお前の意志をしっかり果たしてやるからな~…」


言いながら、慶喜は腰を上げた。英二を殴った拳を見ると、肉が剥げて骨が見えていた。




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