木登り

数秒間ぼんやりしていたが、うかうかしている場合ではない、と慶喜は大木に手をかけた。

今、ここに生きて立っている参加者は自分だけ。つまり生き延びた他の参加者は皆、すでに木登りに取り掛かっているのだ。


頭上から小さな悲鳴が聞こえ、木に登ろうとしていた慶喜は思わず手を止めた。

見上げると、小さな点が見えて徐々にそれは大きくなり、人の形を成した。そしてそれは、あっという間に地面に叩きつけられたのだ。


参加者の一人であるそいつは、地面に落ちた衝撃で頭が割れて脳みそがはみ出し、眼球も飛び出ている。

視神経らしき糸のようなものを引いて、眼窩から飛び出た眼球が地面に転がり落ちている。

ぽっかり開いた口から覗く歯も、何本か折れて口内から飛び出していた。


かなり高い場所まで登ったのだろう。そして、同じくらいの所にいた別の参加者に攻撃され、ゲームに敗北したのだ。


先に登っていった参加者は、かなり先へ進んでいる。一番先に取り掛かった英二など、頂上付近にいるかもしれない。

これからどれだけ奮闘し、木登りしたとしても勝利は不可能に思えた。


しかし自分は勝たねばならない。あのコンサートを実現する、その席に自分はいなければならないのだ。


慶喜は手から大木を離し、走って少し離れた場所に落ちていた、既に死体となった参加者の武器であるチェーンソーを探し出した。

チェーンソーはスイッチが入ったままで、機械音を響かせながら転がっている。刃に触れぬよう、気を付けて拾い上げスイッチを切った。


チェーンソーの刃は回転がゆっくりになった後、ピタリと停止した。血塗れの刃には、おそらく人肉や骨片であろうものが所々こびり付いている。生臭い、嫌な臭いがした。


チェーンソーを両手に持ち、急いで大木の元へ戻ると、スイッチを押して幹にチェーンソーを近付けた。

やがて刃は大木の幹に当たり、機械音が木の削れる音と化す。慶喜は力を込めて、チェーンソーを幹に押し付けていった。

削れる幹から粉が飛び散り、目や鼻、口に入ったが目と口を閉じ、くしゃみを堪えて両手をチェーンソーに集中させた。目を閉じているので、刃がどこまで進んだのか分からない。


どれくらい経ったろうか、ほんの数分であったように思う。

チェーンソーを持つ腕に手応えが無くなり、大木を切断し切った事を悟った。

瞼にこびり付く木の粉を拭い落とし、目を開けると大木がゆらゆら揺れていた。上の方から小さく、慌てたような叫び声が聞こえる。


慶喜は揺れる大木を、足で倒す勢いで思い切り蹴った。大木はゆっくりと横向きになり、ついには鈍い音を立てて地面に倒れ伏した。


砂埃の舞う倒れた大木の先の方、かつて頂上であった場所を目指し、慶喜は走り出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る