バレンタインデー

殺気を感じ、思わず飛びのいた拍子にチェーンソーが肩スレスレに振ってきた。

チェーンソーは、既に冷たくなったバールを持つ参加者の頭をなぎ倒すと、ナイフを持った参加者の首をバリバリと切断していく。


首を切断されながらも、その参加者はナイフでチェーンソーを両手に持つそいつの、腹やら胸やらを手あたり次第に着き刺している。


やがて、ナイフを持つ参加者の首がゴトリと地面に落ち、チェーンソーを持つ参加者もくずおれると思われた。


ところが、そいつは仁王立ちしたまま倒れる気配が無い。

弁慶の立ち往生か?と思われたが、肩や背中が動いておりまだ息がある様子だった。

元は白かったであろうカッターシャツは、返り血と自分のそれで真っ赤に染まっている。

脂が浮いたようにギラギラ光る目は殺気立っており、藪根家の遺産への凄まじい執着を感じさせ、見る者をゾッとさせた。


――こいつの視界に入りたくない


慶喜はそう思ったが、その参加者はチェーンソーを鳴らしながら顔を上げ、こちらを振り向きかけた…その時、ヒュンと紐のようなものがチェーンソーを持つ参加者の方へ飛んできて、その参加者は宙に移動した。


慶喜は一瞬何が起きたのか分からず、それはチェーンソーを持つ参加者も同様らしく、驚愕の表情を浮かべながら飛んでいった。


チェーンソーの参加者は宙ぶらりんになり、ゆらゆら揺れている。よく見ると、首にロープが食いついていた。ロープはチェーンソー参加者の首から、大木の丈夫そうな枝にかかっており、それを下から引いている参加者の姿が見えた。


チェーンソーの参加者が既に離したチェーンソーは、スイッチがかかったまま音をたてて地面に転がっている。元の持ち主は、顔を赤黒くしながら首に食い込むロープを両手て解こうともがいていた。

やがて脱糞・失禁したのか、アンモニア臭が漂い、動かなくなった。


ロープを引いていた参加者が、落ちていたチェーンソーを拾い上げ慶喜に目を向けると、こちらへ向かって突進してくる。

慶喜は死体からバールを奪い、それで思い切りチェーンソーを殴り上げた。

ボールを打つような音と共に、チェーンソーが宙を舞い遥か遠くへ飛んで行った。


慶喜が丸腰になった参加者の脳天めがけて、バールを振り下ろすと、その参加者は片腕でバールを受け止めた。

バールを挟んで睨み合っていると、その参加者はもう片方の手でインパクトを構えた。スイッチが入り、回転する先が慶喜の顔に突き刺さる。

眼球を狙われたが、何とか避けたので頬に突き刺さった。


肉を削られる強烈な痛みに悲鳴をあげながら、慶喜は片足で相手の腹を思い切り蹴った。


地面に尻もちをついた参加者に、すかさずバールを何度も叩きこんだ。

刺された頬の痛みもあり、ドーパミンが分泌されてか目の前が真っ赤で、その間をよく覚えていない。

気付くと、目の前には全身至る所が潰れている、かつては人間だったとは思えぬ肉塊が横たわっていた。


「バレンタインデーに相応しい光景ですねー」


声のした方を見ると、西丕日野が辺りを見回し拍手している。彼の横にあるテレビ画面を見ると、まだ誰も頂上に着いていない事が分かり安堵した。


慶喜の周囲は見渡す限り、血塗れの死体だらけだった。自分によるものもあれば、他の参加者がやってくれたものもある。

一先ず生き延びる事ができた。しかし安心してばかりもいられない、英二は先に登ってかなり経つし、英二の他にも隙を見て登って行った者がいるかもしれないのだ。


そんな慶喜の焦りをよそに、西丕日野は死体だらけの大木周囲をゆっくりと歩き始めた。


「バレンタインデーの由来をご存知ですか?」


唐突にそう尋ねられ、慶喜は今日が二月十四日である事を思い出した。


「ええと確か、バレンタインて人が処刑された日でしたっけ?」


「ええ、そうです。聖バレンタインの死因には諸説ありまして、絞首刑とも言われますし…」


そう言いながら西丕日野は、ロープで吊るされた首吊り死体を見上げた。


「また、拷問の末の撲殺、斬首という説もあります。」


言いながら、首を切り落とされた死体や、鈍器で撲殺された死体を見やった。



「…確かに、ある意味バレンタインデーを象徴する光景ですね。」


ドーパミンが静まりつつある慶喜は、肩で息をしながらそう言った。



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