「この笛を鳴らして、私が『開始』と言った瞬間から試合は始まっています。この木の頂点に手を付けた者が勝者、それ以外はご自由になさってください。」


西丕日野は大木から少し離れた場所、テレビ画面のある側でそう言った。

参加者は皆、大木を取り囲むようにして並んでいる。皆、緊張し周囲の他の参加者の様子をうかがっているのが分かった。


誰も目の前にある大木に登ろうと、準備する様子が無い。最も注目を浴びているのが飛び道具を手にした参加者で、そいつは両手に拳銃を持ち、木に掴みかかる代わりに誰かしらを撃ち殺そうと構えている風に見えた。


皆が考えている事は、慶喜にも察せられた。「西丕日野が開始を告げた瞬間から、試合は始まっている」

真面目に木登りする前に、ライバル共を蹴落としておいた方が良い。

開始を告げた瞬間、飛び道具を持つ者は手あたり次第に撃ち殺しにかかるだろう。


その流れ弾に当たらない事が、最初の登竜門だ。


ピーと笛が鳴り「開始!」という西丕日野の声が響いた。


――来る!


拳銃を構えた参加者の流れ弾に当たるまい、と慶喜は大木の影に隠れようとしたが、そこには当然先客がいた。なので、先客の背後に回り体を伏せた。

他の参加者も皆、そのように体を伏せていたのだが、拳銃を撃つ音が聞こえない。


やがて、カチッカチッという音が何度も聞こえてきた。

慶喜だけでなく、皆恐る恐る伏せていた顔を上げ、覗き見ると拳銃を構えていた参加者が首を傾げながら、焦った顔で何度も引き金を引いている様子だった。


その背後に人影が現れたかと思った瞬間、何かが潰れる音と共に、拳銃を持つ参加者はうつ伏せに倒れてしまった。

うつ伏せになったその参加者の後ろに、能面のような表情の英二が釘抜きを手に立っている。

英二は倒れた参加者が落とした拳銃を拾い上げると、釘抜きで何度もそいつの後頭部を殴りつけた。


最初は何かが割れる音が、次第に泥濘を殴っているような音に変わる。英二の顔は、始終能面のようで変化が無い。

やがてその参加者の頭部が、潰れたトマトのようになった所で英二は手を止めると、息をのんで見守っていた他の参加者を後目に大木に登り始めた。


おそらく潰れたトマトのようになった参加者は、銃の使い方を知らなかったのだろう。

慶喜にもそんな物の扱い方は分からないし、銃の種類によって違うのかもしれないが、引き金を引くだけでは発砲できないのかもしれない。


英二は銃の扱い方を知っているのだろうか?慶喜は知らない。他の参加者も同様だ。

だから、英二に近寄る事が恐ろしくなった。

引き金を引かずに立ち去った事で、英二は一種の防具を身に着けたのだ。


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