遺言

弘子の姿が、本来いるはずの上座に無い。辺りを見回すが、それらしき顔は無かった。

慶喜が首を傾げていると、襖が開かれ中に人が入る音がした。皆が一斉にそちらへ目を向けたのが分かる。慶喜も思わず注目し、驚愕した。


入って来た礼服姿の、男であろう人物…彼は面を被っていたのだ。

真っ白で、目と鼻と口の辺りに穴の空いた面を。


頭部はスキンヘッドであり、後頭部から首にかけての皮膚のたるみ具合から、あまり若くはないだろう。


面の男はまず昭三郎に頭を下げ、続けて反対側を向き、集った昭三郎の親族らにも頭を下げると上座の真ん前に敷かれた座布団に座ると


「私、藪根家顧問弁護士を務めさせていただいております、西丕日野弘楢にしむくひのこうゆうと申します。」


と短い挨拶を述べ、持っていた手提げ鞄から何やら書類を取り出し、広げ始めた。


――遺言状か。と、慶喜はようやく察した。


――それにしても、妙な弁護士だ。おそらく西丕日野は代々藪根家の顧問を務める家系なのだろうが、こんな妙な弁護士をよく顧問に選んだものだ。

代々家同士の決まりだからか、それとも見かけによらず腕が立つのか。


「では、お亡くなりになられた藪根晃堅様のご遺言を読ませていただきます。」


ややしゃがれた声でそう言うと、西丕日野は俯き顔を書類に向けた。


「藪根家の全財産、及び事業は全て次男である藪根昭三郎のものとする…」


西丕日野が全て言い終わらないうちに、場内がどよめいた。


「おい!俺たち分家はどうなるんだ?!」


「そりゃないぞ、おい!警察に訴えてやる!」


皆立ち上がり、口々に叫びながら今にも西丕日野に飛び掛かりそうな様子だった。

慶喜と英二は恐怖を感じ、ひっそりと後ろの壁際に、畳に尻をつけたまま後退った。


「ただし…!」


西丕日野が急に大声を出すと、場は静まり再び彼らは固唾をのんでこの弁護士に注目する。


「以下、指定したゲームで勝ち残った者がいれば、その者に全財産の半分を与え、事業については主導権を与える。」


緊張した面持ちの親族らの顔が、きょとんとしたものに変わった。


「げ、ゲーム…?何だ、一体?」


「かるたでもやるのか?」


「今時は、何かそういうのじゃないだろ。何だっけ?モバゲーとかそういうの?」


「晃堅さんだぞ、そんなの知らんだろ。」


親族らが顔を見合わせ、あれこれ言い合っている事には構わず、西丕日野は


「では、ゲームに案内致します。皆様、とりあえずお屋敷の外に出ましょう。」


そう言って席を立ち、広間を出て行った。親族らも慌てて後を追いかける。


慶喜と英二はぽかんとしながら、座っていた。そしてとりあえず、暴力沙汰になり巻き込まれる事が無かったと安堵していた。


「我々も行きましょうか。」


昭三郎がそう言って席を立った。部屋には彼と、慶喜たちしかいない。

つまり慶喜らも、そのゲームに向かわねばならないと言っているのだ。


「おい…俺たちには元々遺産分与の権利なんて…」


慶喜が小声で英二に話しかけると、しかし英二は少し考えるような顔をして言った。


「いやいや、まてよ。遺言には『ゲームで勝ち残った者』としか条件を付けていなかった。

つまり、見ず知らずの赤の他人であれ、ゲームに勝てば構わないって事じゃないか?」


「そう言えば…じゃあゲームに勝てば、俺たちでも大金が手に入るって事か。これはチャンスだな。」


急に気分が浮き立ってきた二人は、足取り軽く昭三郎の後について部屋を出た。








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