藪根家の一族

耳にイヤホンを当て、CDに聴き浸り別世界を漂っていたのに、いきなり揺り動かされて現実に戻された。

目の前にお嶋の顔があり、二度目であるためかもう何でもないような顔をしている。

お嶋はすぐに、呆けた顔でCDに聴き浸る英二を起こしにかかった。


昨夜帰宅した二人は、風呂と夕食どちらを先にするか尋ねられ夕食を選んだ。風呂など別に一日ぐらい入らずとも良いだろう、そう思い風呂は結構ですと言い添えたのだが、明日は大切な集まりがあるのだから入った方が良いとしきりに勧められ、根負けした。

本当は夕食すら要らないくらいで、一刻も早くCDを聴きたかったのだが。


慌ただしく夕食を食べ、ろくに体も洗わずカラスの行水のように風呂から上がると、髪も乾かさず、寝間着も適当に着てプレイヤーの電源を入れた。

電源を入れる手は、まるで違法薬物か何かの後遺症のように震えていた。

それからずっと、お嶋が起こしに来るまで聴き浸っていたのだった。


一睡もしていないが、気分は晴れやかだった。しかしお嶋にはそう見えないらしく「ちゃんと睡眠をとらないと、体に毒ですよ」と言われた。


「いや、このCDを聴くとね、何日眠らなくても何も食べなくても、全然平気なんですよ!常に気分爽快です!」


英二がセールスマンの様な勢いでまくしたてる。お嶋はとくに退く様子も無く、「はいはいそうですか、それは良かったですね。」と軽く受け流していた。


昨日喪服を着ている間に、慶喜たちの着ていた服は洗濯され畳まれていた。服を着替え、迷路のような屋敷の廊下をお嶋について歩いていくと、お嶋は一つの部屋で足を止め「お連れしました」と声をかけて襖を開けた。


そこには既に、昭三郎の親戚と思しき面々が揃い、礼服姿で座布団の上に座している。

一体、何人いるのか分からない。皆、広間の中央を空けて端に並んで座っていた。

そして上座には昭三郎が一人、座っている。


昭三郎の顔は昨夜にも増して、気分が良い様に見える。他の面々は何やら思案しているようにも、不安に感じているようにも見えた。

昭三郎は、自分と歳の近いいとこ等の親戚は皆、体が弱いから来ないだろうと言っていたのだが、確かにこの場には昭三郎を除いて皆、中高年ばかりである。


それにしても皆、人相の悪い者ばかりだった。まず、目付きが悪い。

慶喜たち二人は、適当に空けたように見える二つ並んだ座布団に通されたのだが、横に座っている男の人相が非常に悪いため、慶喜は恐怖を感じ思わず体が縮こまった。


男の目は、よく見ると垂れ目気味であった。しかしどういう訳か、異常に吊り上がって見える。

おそらく内面がにじみ出ているのだろう。


晃堅の顔はどうであったか思い出そうとしたが、浮かんでこない。あの時は隣にいた弘子の異様さに目を奪われ、そこまで見ていなかった。

しかし今思えば、あまり人相が良いとは言えなかった、そんな気がしてくる。


居心地の悪さを感じながら黙って座っていると、使用人らしき者が昭三郎に何かを知らせているのが見えた。昭三郎は頷き、促すような身振りをする。


「あれ?」と慶喜はある異変に気付いた。ここには弘子がいない。おそらく本来なら上座の端にでも座っているはずの、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。








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