宗教
門を潜り抜け、慶喜たち二人はこうして初めて屋敷の外部を目にする事となった。
舗装された道路、その両脇を邸宅が点々としている。
てっきり田んぼや畑ばかりが並ぶ、典型的な田舎だと予想していた二人は拍子抜けした。
門の前に霊柩車が停まっていると思っていたら、どこにも無く彼らは棺を担いだまま歩き始めた。そして彼らの後を、喪服姿の人々が変わらずぞろぞろとついて行く。
近代的な高級住宅街のような場所で、大昔のような葬儀の行進にちぐはぐなものを感じつつ、慶喜たちも後に続いた。
和洋様々であるが、いずれも立派な邸宅を眺めながら慶喜は、この村は随分と裕福らしいと感じた。お嶋の言っていた新事業が何なのか知らないが、藪根家のみならず村全体をも潤すものではある様だ。
この村を出る前に、何件か盗みに入っても良いかもしれないなどと考え、セキュリティ会社に登録しているか等さりげなく観察したが、見当たらない。
山深い場所らしいので、警察が来るのも時間がかかるだろう。慶喜の目には、この村が宝箱に見えてきた。
強盗に入る計画を練り、頭の中を妄想で膨らませていたら、いつの間にか周囲は住宅街から草木の生い茂る場所と化していた。
周囲には点々と墓石が建っており、墓地である事が察せられる。
そんな中、ぽっかりと大穴のあいた場所があった。
――あの穴の中に棺を納めるのか?今時土葬?
棺はその穴の手前に、そっと降ろされた。一同は皆、棺の前に厳かに佇んでいる。
棺の前に、葬儀の場で風変りな催しをした老人が進み出てきた。
よく見ると、この老人もまた土気色の肌に濁った目をしていて、たいそう顔色が悪い。
老人は両手を広げて宙に上げ、大仰に話し始める。
「我々は長い間、怯えて暮らしていた。しかし御神によりその呪いは解かれ、この世に救い主がもたらされたのだ!もう恐れる事は無い、スサノオノミコトをそして御子救い主を称えよ!」
「アーメン」と老人が叫び、一同も続いてそう叫んだ。誰一人、笑う者はおらず真剣な面持ちで目を閉じ、手を合わせて祈るような姿勢をとっている。
――まるでキリスト教と神道が合体したような、そんな説法だ。この村では妙な宗教が幅を利かせている。
スサノオノミコトがキリスト教もしくはユダヤ教で言う所のヤハウェなのだろう。御子とは誰の事か?確か大黒様だったろうか…?
つまりこの宗教は、スサノオと大黒信仰?
それにしても、怯えて暮らしていたとはどういう事だろうか?
そんな風に思い巡らしているうち、棺の周囲に大量の薪がくべられていき、火が点けられた。
勢いよく燃え盛る炎に、棺があっという間に包まれ見えなくなる。
老人はその炎の塊に向かって、土下座するように伏せた。
「ありがたや~、ありがたや~」と声をあげて。
他の村人も皆、同じ姿勢になり「ありがたや~、ありがたや~」と呪文のように唱えている。
慶喜と英二は困惑していたが、同調圧力に抗えず同じ姿勢だけはとる事にして、その間ずっと大人しく体を伏せていた。
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