催し

場の空気が急に引き締まった感じがして前を向いた。おそらく経を読む僧が到着したのだろう。


しかし現れたのは、何やら異様な姿をした老人だった。

丸坊主であろう頭部に、金色の冠を載せている。西洋の絵画で見るような、または絵本で王が被っているような、正にそんな冠だ。

金色の冠には、所々赤い宝石らしきものが点々と在る。


着ている物は和服の振袖で、赤や紫、緑の花々や木々が煌びやかに刺繍されていた。足袋もこれまた目がチカチカするような色合いである。

とても葬式の場で着る服とは思えなかった。


しかし、それを見て驚いているのは慶喜たち二人だけの様だ。弘子と昭三郎、会場に居る者皆、平然としている。

この村の葬儀は、これが普通らしい。


老人が棺の前に立つと、昭三郎が立ち上がり鞘に納めた日本刀を片手に近付いた。

そして両手で刀を持ち上げ頭を下げて、恭しく老人に差し出した。

老人が刀を受け取ると、昭三郎は元の席に戻って行く。


老人は棺の方を向き、両手で刀を持ち上げ頭を下げると、棺の前に置かれた座布団に腰を下ろし、刀は右側に置いた。


やがて老人はしゃがれた声で「かしこみかしこみ~」と唱え始める。


――「かしこみかしこみ」?祝詞か?これは神式の葬儀なのか?しかし葬儀でも祝詞を唱えるものなのか?

それにこの老人の恰好…神主とも違うと思うが…


ともかくその祝詞のようなものを老人はダラダラと唱え始め、ぽかんと眺める慶喜と英二以外の人々は皆、厳粛な面持ちでそれを見守っていた。


やがて老人の祝詞を唱える声がピタリと止まる。どうやら終わったらしい。

老人はすくっと立ち上がった。右手には先ほど脇に置いていた日本刀がある。

お嶋が出てきて、前に跪いた。恭しく両手に小さな虫かごのようなものをかかげている。

虫かごを畳の上に置くと、蓋を開けた。するとそこからニョロニョロと、長さはそれほどでもなさそうだが、太さは五センチ程もありそうなムカデが這い出てきたのだ。


ムカデは虫かごを出て、畳の上に這い出てきた。

老人は刀を鞘から抜くと、両手に持って構え「えいやあっ!」と振り下ろした。

刀はムカデの胴に突き刺さり、ムカデは刀によって畳に磔にされたようになった。ムカデは前後をグネグネと動かし、しばらく抵抗していたが、間もなく動かなくなった。


――一体、何なんだこれは?


慶喜と英二が呆然としていると、パチパチと手を打つ音が聞こえてきて、それはやがて盛大な音となった。慶喜たち二人以外の者が皆、拍手している。しかし無気力な表情は先ほどまでと変わらない。


何が何だか分からないまま、慶喜たち二人も周囲に倣い拍手し始めた。



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