相談

用意された喪服は、二人共サイズがピッタリだった。まるでオーダーメイドであつらえたかの様で、ますます気味が悪い。


慶喜は目配せし、英二と共に中庭に出た。

客間は襖を開けると、すぐ目の前に立派な日本庭園が広がっている。運良くそこには誰もいなかった。

つっかけの様なものは無く、喪服は用意されたが靴は無かった。仕方がないので、靴下を脱ぎ、裸足で庭に出る。

よく手入れされた砂地から、なるべく家の中から目に入らないであろう、木陰へそそくさと移動した。


「一応、小声で喋るぞ。」


慶喜がそう言うと、英二は怪訝な顔をした。


「何で話をするだけなのに、わざわざ部屋の外に出る必要があるんだ?」


「盗聴器が仕込まれてるかもしれないだろ。」


英二は「なるほど」と頷いた。確かにこの異様な家族なら、それくらいしていても不思議ではない。


「しかし…」と慶喜は首を振った。


「見ず知らずの余所者に、わざわざ喪服まで用意して葬儀に出席させる…これってよくある事なのか?」


「さあ…しかし、見ず知らずの余所者を望んで宿泊させる事自体がよくある事ではないし、今更じゃないか?」


「…それもそうだよな。そういやお前、さっき何か言いかけてたよな。何言おうとしたんだ?」


「ああそれだけどな、この家そうとうな金持ちだろ?ここから出る前に何某かちょろまかして出て行かないか?」


「なるほど確かに…結局『あ』を楽器にする事は無理そうだし、せめて金だけでも何とかしたいよな…」


「そうだろ、そうだろ?!現金は無理かもしれないけどさ、金目の物はたいして探さなくても見つかると思うんだよ。」


「でも、しばらく経ってからな!何しろ当主が亡くなったばかりだ。今日は葬儀だから人の出入りも多いだろうし、悪事を働くに適した時期じゃあない。」


「そうだな。幸いここの一家は俺たちの滞在に好意的だ。事態が落ち着くまで居座っていても問題無いだろう。」


「それが不気味ではあるんだけどな…それにしても、あいつら『あ』をどうしたんだろう?」


「さあな…考えても仕方無い事だ。とりあえず警察の心配はしなくて良いわけだから、この問題は置いておこう。」


「あ」の行方、それが二人にとってずっと引っかかっている事だった。トランクの中は空だったのだ。拘束された「あ」が自力で脱出したとは考え難い。

藪根家が「あ」をどうにかしたと考えた方が易かった。

普通に考えれば、彼らは警察に通報したはずだ。しかしそれはどうも無さそうである。

では拘束を解き、逃がしたのか。なぜ藪根家の者は二人に「あ」の話を何もしないのか。この家の人間が一体何を考えているのか、慶喜達にはさっぱり分からず不安で不気味だった。

「あ」の行方を考える事は大きな精神的ストレスとなり、二人はこの件から目を逸らすようになっていた。




さて話も終わり、部屋に戻ろうと向き直ると、ちょうど庭沿いの廊下を一人の女が歩いている最中だった。

よく見ると、女は弘子である。弘子は喪服ではなかった。それどころか赤を中心とした派手な色合いの着物や帯を身に着けている。相変わらず心ここに在らずといった風に虚ろな目でぽかんと口を開け、顔はやや上を向いて彷徨うように廊下を歩いていた。

やはり服に着られている、といった感じで髪の毛は所々後れ毛が伸びている。


「やっぱ異様な女だなー…」


慶喜がこそっと呟いた。しかし英二は「そうか?たまにいるだろ、ああいう女。服装しっかりしてるのに、化粧してなかったり、靴だけボロボロだったり、鞄だけ服や靴と合ってなかったり…」


「ああ、そうそう。そういう感じだ。しかし俺はお嶋さんからこの一家の話をされた時、てっきり後妻が密に前妻の息子を闇に葬ったのだと思ったが…それは無さそうだな。」


「あれは逆に騙されたり、利用されるタイプだよ。彼女も良家に産まれてなければ、かなり悲惨だったろうな。かなり運の良い方さ。」


「…そうだな。ああしていつまでも子供のままでいて、それで許されるのだものな。」


弘子はふと庭の方に目をやった。そこに慶喜たちの姿を認めたようだったが、無表情のまますぐ向きを変えて通り過ぎ、見えなくなった。











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