葬儀

キラキラと光る星屑が舞う、霞が漂う空間で、世にも素晴らしい音楽に聴き浸る至福の中でまどろんでいた慶喜は、肩を大きく揺り動かされ耳からイヤホンを抜かれたた事から目に映る景色が一変し、現実に戻った事に気付く。


広い和室の景色を前に、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。

目の前には、はんば呆れた顔のお嶋がいる。横を見ると、英二も同様にイヤホンを抜かれたばかりらしく、呆けた顔で天井を見ていた。


お嶋は洗面所へ二人を案内した。顔を洗い、歯を磨けという事だ。

部屋に戻ると既に朝食の準備がなされている。

オムレツに人参や青菜のソテー、ウインナーが添えられ、レタスやトマトのサラダ、クロワッサン、ヨーグルトに巨峰。意外にも洋食である。


「食べられない物がありましたら、遠慮無くおっしゃってくださいね。」


お嶋が気さくにそう言う。


「いえ、好き嫌いありませんから!」


「俺もです。」


嘘ではない。慶喜は以前、青菜が嫌いだった。しかしあの曲を聴くようになり、食べ物全般に関心が無くなった事で嫌いな食べ物も無くなったのである。

青菜だけでなく、口にする全ての物が栄養を摂取するための物に過ぎなくなった。


「それは良かった。おかわりありますから、沢山召し上がってくださいね。」


お嶋が嬉しそうに言った。

礼を言ったが、これ以上食べる必要は無い。あの曲に出会って以来、食欲に向かう欲すらもあの曲に奪われてしまった。食事は栄養を摂取できればそれで良い。

食べ物をあまり多く胃に詰め込むと、内臓に負担をかけるので良くないと判断した。


食後、珈琲を出されたのでミルクと砂糖を多めに入れて飲んだ。

慶喜は元々は、珈琲に関してブラック派であった。英二も同様だと言う。しかし今では、好みの味などどうでも良い。できるだけ栄養を摂る事だけを考えているので、カフェオレ派である。


「なあ…」と、英二が言葉を発しかけたので、慶喜は慌てて自分の口に指を置いてそれを止めた。

『後で』と目で伝えると、英二もそれを察して頷いた。


それにしても、と慶喜は思う。


――お嶋も妙な女だ…最初会った時はごく普通のまともな人間だと思ったが。昨日、当主があんな亡くなり方をしたばかりだというのに、全く様子が変わらない。

晃堅が亡くなった事について、何らか一言ぐらいはあるものじゃないか?それとも、こういうものなのだろうか?


珈琲を飲んでいると、お嶋が包みを抱えて部屋に入って来た。


「本日、この家の当主である晃堅様の葬儀が行われます。お二人にこれを用意いたしました。」


そう言って広げた包みから現れたのは、二着の黒いスーツと白いシャツ、黒いネクタイ…喪服である。


「寸法が合わなければ、おっしゃってください。お取替えいたします。」


いつもの気さくな笑みで、あっけらかんとそう言うと、呆然とする二人を残してお嶋は退出した。





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