異様

英二の叫び声を聞き、使用人たちが慌ただしくやって来た。そして晃堅の変わり果てた姿を見て驚愕し、静かだった廊下が急に騒がしくなったのである。


間も無く使用人たちが道を開けて、そこから出てきたのは弘子と昭三郎の母子だった。

昭三郎は驚いた顔をした後、すぐに使用人にあれこれと指示を出している。父親の無残な亡骸を見た反応として、落ち着き過ぎている、と慶喜は不審に思った。


弘子はというと、少し目を見開き驚いたような顔をしたが、それだけだった。

やはり、異様な母子である。


親子間、夫婦間に愛情が無いというのは珍しい事ではないのだが、それでもこんな無残な死体を見れば、その死体が誰であろうと平静ではいられないはずである。

しかしこの場にいる者たちは、弘子と昭三郎だけでなく使用人達もまた、まるでただ酷く汚れただけの部屋の様子でも見たり、片付けたりするような反応をしている。

嘔吐や卒倒などの症状を見せる者は、一人としていない。


慶喜と英二も、叫び声をあげはしたもののかなり平静な方だが、それは彼らが無残な死体や殺害現場を見慣れているからだ。慶喜の場合、自ら手を下した事まである。

英二は知らないが、あったとしても驚かない。


――彼らも、そうなのか?この村では、この家ではこうした事件に遭遇する事が、珍しい事ではないのか?


これまで「普通の人々」として認識していた藪根家の使用人たちが、急に二人の目には自分達と同じか、似た人間として思えるような気がした。


ともかくそういう訳だから、慶喜と英二の二人はこの事態に胸を痛めたり、気分が悪くなったりする事は無い。しかし、別の理由で頭を抱える事となった。


警察である。殺人事件が起きた以上、この家には警察の捜査が入るはずだ。

突然現れた慶喜達を、警察は真っ先に疑うだろう。きっと執拗な取り調べを受け、痛い腹を探られ、叩けば埃しか出ない身の上を洗われるに違いない。

実際に手を汚した事件だけでなく、殺人の免罪まで被る事になりそうだった。


――逃げよう、今すぐ荷物を持って逃げるしか無い。


二人は使用人たちに気付かれぬよう、ひっそりと群れを抜けたのだが、荷物の置いてある客間がどこにあるのか分からない。周囲の人間は皆、闖入者である自分達を疑っている可能性が高く、こんな時に客間の場所を聞けば荷物を持っての逃走を疑われる恐れがある。

とりあえず、左側へ早歩きに進んでいった。しばらく進むと、闇に溶けた廊下の先に人の気配がする。


歩を緩め、恐る恐る近寄った。あの殺人現場から離れた所に居る人物なら、もしかしたら事態をまだ知らない可能性もある。もしそうなら、客間への道筋を聞いても怪しまれないだろう。





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