母子

「どうされました?」


か細い、蚊の鳴くような声が、それでも静かな裏庭では響くように聞こえ、二人は体を凍り付かせた。


振り返ると、そこには和服姿の少女が佇んでいる。

いや、よく見ると少女ではない。かなり歳をとっているのが分かった。

彼女は先ほど広間で対面した藪根家の後妻、弘子だった。


遠くから見ると少女の様に見える理由は、小柄な体型だけではないだろう。

目付きや姿勢、醸し出す雰囲気が幼いのである。

それでいて無邪気さは感じられず、年相応かそれ以上の打算的でよこしまな顔をしていた。若々しいという事ではなく、成熟し損なったという表現がしっくりくる。


弘子は相変わらず存在感の無い目を見開き、怪訝そうにこちらを見ている。

まるで童女が怯えている風に見え、二人は恐怖よりも罪悪感を感じた。そして不気味だった。



「お母さん」


少年の声が聞こえ、これまた広間で対面した昭三郎がこちらに向かって歩いてくる。

そして慶喜らを一瞥し「お二人共、何かお探しですか?」


「ああ、いえ…あまりに立派なお庭なので、ついつい色々と見入ってしまいました。」


「気に入っていただけて良かった。しかし、庭の外の方が色々と興味深いものがあるんですよ。どうでしょう、これから出かけませんか?ご案内します。」


昭三郎は怪しむ様子も無く、にこやかにそう言った。隣にいる弘子は、既に警戒を解いた様子でぼんやりとした目をあらぬ方向へ彷徨わせて、口をぽかんと半開きにしている。

この二人は実の親子だというのに、本当に全く似ていない。顔立ちが全く似ていないのはよくある事だろうが、子というのは多少なりとも育ての親の影響を受けるはずである。

しかし、この昭三郎を弘子が育てたとは思えなかった。そもそも弘子が生き物を育てている様子を想像し難い。大金持ちの家なので、乳母のような存在がいたのかもしれないが…


そして昭三郎はどこか、浮世離れした印象がある。突然現れた闖入者、自分で言うのもなんだがかなり怪しい人物達を受け入れる親に同調し、風変りな母親を見られる事を恥じる様子も無い。年齢のわりに大人びているというか、自我が無いのだろうかとも思う。


――外へ連れ出そうとしている…俺たちをどこかへ監禁するつもりは無い、という事だろうか?


そんな心配が無いのなら、道が復旧されるまでの間部屋に閉じこもり、音楽に聴き浸っていたかった。

いや、一刻も早くあの曲に聴き浸りたい気持ちでいっぱいだ。


「…すみません、急過ぎましたね。お二人共お疲れでしょうし、今日はゆっくりなさってください。明日にでもご案内致します。」


慶喜たちの気持ちを察したかのように、昭三郎は気を悪くした様子も無く、あっさりそう言うと踵を返した。

弘子はしばらくぼんやりとしながら突っ立っていたが、そのうち何も言わず立ち去った。


弘子と昭三郎の姿が見えなくなると、二人ははあー…と息をつきながら脱力し、その場にへたり込んだ。






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