裏庭

「車の話ですけどね、えらい潰れてまして…あれに乗って行くのは無理やろうから、こちらで車を出すさかい。何、車の処理の方はうちに任せといてください。

ああ、荷物の方はちゃんと出しときましたから。部屋の方に運んどいたんで、後で確認してくださいね。」


荷物は出しておいた――そう聞いて二人はドキリとした。


「荷物…あの、トランクの中も、ですか?」


恐る恐る尋ねられ、晃堅は不思議そうな顔をした。そして、思い出したという顔で破顔する。


「トランク?ああ、すっかり見るのを忘れてました!申し訳ない。」


「い、いや、良いんです。それで良いんです!その、トランクの中に重要な物を置いてまして…できれば自分たちで確認したいのですが。」


「分かりました、後で案内させます。」


トランクの中は見られていない――本当か嘘か分からないが、慶喜たちは少し安堵した。


車のある場所に案内してくれたのも、お嶋である。

長い廊下を歩き、迷路の様な屋敷内を歩いて、裏口と思われる場所に着いた。

扉を開くと、そこには鬱蒼とした森林が現れる。


「…ここは山道へ通じているんですね。」


湿っぽい葉の香りを感じながら、英二が言った。

やはり、この村は山深い場所にあるらしい。


「いいえ、ここも藪根家の庭に過ぎませんよ。ホラ、お兄さんたちの車はそこ。」


なんと、この広々とした森林地帯が藪根家の裏庭なのかと二人は驚愕した。

そしてお嶋の指差した方、数メートル程先に彼らの乗ってきたレンタカーはあった。

慌てて近寄り確認すると、なるほど酷い有様だった。


ボンネットからフロントドア、車体のあちこちにはボコボコとしたへこみができており、フロントガラスからバックドアガラス、ライトまで割れたりヒビが入ったりしている。

ワイパーやナンバープレートは取れかけており、今にも落ちそうな所首の皮一枚で繋がっているといった感じ。

タイヤはぐにゃぐにゃにパンクし、これもまた車体から取れそうになっている。

車内を覗くと、割れたガラスや取れた何某かの部品が無造作に散らばっていた。


――こんな状態の車から、よく俺たちは生還できたものだ…しかもほぼ無傷で。ああそうだ!


トランクに放り込んだままの「あ」を思い出した慶喜は「ありがとうございます、ここからはもう大丈夫ですので。」とお嶋に告げ、言外にこの場から去るよう促した。


「そうですか、何かありましたらいつでもお呼びくださいね。」


そう言って、お嶋はあっさりとこの場を去って行く。


お嶋の姿が見えなくなり、閉じられた裏口から微かに聞こえる足音も遠くなると、二人は変わり果てた車に向き直った。








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