藪根
「俺は慶喜といいます。こっちは英二…助けてくださって、ありがとうございます。」
CDの安否を知る事ができ、少し落ち着きを取り戻した二人は今更自己紹介し礼を言った。
「いえいえ…私はここのお屋敷で働いております、お嶋と申します。」
お嶋と名乗る女はそう言って、頭を下げた。寝起きがてら急に取り乱したり、急激に落ち着いたりする二人の様子に拍子抜けしたのか、いきなり敬語でかしこまった様になる。
――お嶋?随分古臭い名前だ。これくらいの年齢の女によくある名前ではない。
「それにしても…こんな立派な部屋に入れていただいちゃって、何だか緊張します。」
慶喜と英二、二人が寝かされていた部屋は十畳程の和室。床の間、掛け軸などがあり、土壁にも崩れは無く部屋中に手入れが行き届いている。
布団も清潔で寝心地が良かった。
この部屋の中だけしか見ていないが、けっこう立派なお屋敷ではないだろうか。
「心配せんでええよ」と女は手を振り、愛想良く言った。
「藪根様は寛容でお優しい方やからね、事故に遭った人を連れてきたと聞いて、是非自分の屋敷の部屋を、と自ら進み出たんよ。
急がんでええから、ゆっくりしとき。」
藪根様—藪根家はこの村の有力者というか名士というか、まあとにかく偉い人で金持ち土地持ちらしい。
現在の当主は藪根晃堅という今年八十になる老人だが、まだまだ体も頭もしっかりしているとの事だ。
藪根晃堅には息子が二人、娘が三人いるという。晃堅が八十という年齢を考えると、その子供たちもけっこうな歳であろう。
娘達は既に嫁いで家におらず、次男が実質この家を継ぐ形になっているという。
「珍しいですね、普通は長男が継ぐものなのに。」
慶喜は思わず疑問を呈した。お嶋は周囲を憚るようにして、小声になり
「まあ…長男の英さんは、ちょっと体が弱くてね…」
お嶋は何か隠しているようだったが、何やら話したそうにも見える。
かと言って、詮索するのも失礼な気がしたため黙っていると、彼女は自然と話を続けた。
「次男は昭三郎さんていうんやけどね、長男次男共に後妻さんの子なんよ。先妻さんとの間には娘が三人と、息子も一人おったんやけどねえ…」
「その、先妻との息子はどうしてるんですか?」
お嶋は身を縮こまらせ、更に周囲への警戒を強めたようになった。
「亡くならはった。…先妻さんが亡くなって、後妻さんが来て…かなり経ってからやったと思うわ。」
なぜこれほど周囲を警戒しながら話すのか、それはお嶋が、いやおそらくこの家の人間の多くが恐ろしい疑念を抱いているからに違いない。
後妻が自分の息子に継がせるため、暗殺したのだと。
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