因習村?

襖が開かれ、一人の和服を着た女が現れた。歳の頃は四十半ばから五十だろうか、白髪交じりの髪を後ろで高く結わえ止め、仕事着に見える洗いざらしの和服姿。

化粧っけの無い顔は日焼けしており、浅黒い。決して美人ではないが、よくいる快活な中年女性といった風である。


つまり、普通のまともな人間だった。

「今度は一体、どんな化け物が出てくるのか」と身構えていただけに、拍子抜けする。


「あら」と、女は驚いた顔で二人を見た。


「目が覚めたんやね、具合はどう?」


「あ、ハイ。かなり、良いです。」


英二がぎこちなく答え、慶喜も畳を見つめながら頷く。

二人共、これまで常軌を逸した者ばかりを相手にしてきたし、彼ら自身もまた、常軌を逸している。

そのためまともな普通の人間を前に多少緊張し、どうして良いのか分からなくなっていた。


「あのう、CDは…俺のCDは無事なのでしょうか?!」


しばらく口をもごもごさせていた英二が、堪り兼ねたという風に叫んだ。

女は「えっ?」と困惑した顔をする。


――この馬鹿…


慶喜は内心、舌打ちした。しかし、車内に在るCDの安否が気になるのは、慶喜も同様である。


「車、俺たちが乗っていた車にCDがあるんです!それは、それは一体どうなったのですか?!」


英二は前のめりになり、女に掴みかからんばかりにして必死に訴えていた。

女は困惑の色を残しながらも「ちょ、ちょっと落ち着いて…」と冷静に英二を宥めた。


「あんたらの乗ってた車はレッカーで引いてきたから、ちゃんとここにある。CD云々は調べてへんから分からんけど、多分無事やと思うで。」


CDの無事を知り、安堵したのか二人は落ち着きを取り戻した。そしてCD以外にも、心配な事があるのを思い出した。

トランクに積んである「あ」の存在だ。彼が救出され、拘束を解かれたら一巻の終わりである。

しかし「あ」が既に救出された後ならば、この女がこんな風に接してくるはずが無い。警察も呼ばれて、大騒ぎになっているはずだ。

したがって、トランクの中身は無事なはずである。


落ち着いた所でここへ至った経緯を聞いたところ、慶喜達の乗っていた車が山道の溝に嵌っているのを、この村の人達が発見したらしい。

ずいぶん派手に嵌ったらしく、車は大きく前のめりになっていたそうだ。中にいる慶喜達は気を失っており、ここへ運んで寝かせてくれたとの事だった。


――やはり、運転中にあの曲を聴いてはいけなかったか…


慶喜は深く後悔した。それにしても、そんな派手な事故に遭ったというのに、体中どこも痛くないし、しっかり動く。よく見ると少しかすり傷があるのだが、その程度で済んだのだ。

不思議なものだった。英二はどうか知らないが、慶喜はそれほど体が頑丈なわけではない。ひょっとして、巨漢の老爺から現れたミューズが助けてくれたのだろうか。














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