ドライヴⅡ

車は高速に乗り、府内を出た。やがてチェーン店の煌々と光る看板や、近代的な住居も見えなくなる。

左助手席側には小川が流れ、右運転席側には鬱蒼と茂る林が続くようになった。景色はやがて、道路を挟むようにして在る林のみになる。木々の合間に時々、小さな祠や地蔵が並んでいるのが見えた。

まるで、一つのミッションに成功した自分達を祝福するかの様だ、と慶喜は思った。


「なあ、CDをかけても良いか?」


英二は先ほどから落ち着きが無く、ずっとソワソワしている。あの曲を聴きたくて仕方がないのだろう。

それは慶喜も同じだった。


「駄目だ、今は運転に集中しなければならない。」


そう、あの曲を聴けば自分は車の運転どころではなくなってしまう。


ふと思い出した。あの巨漢の老爺を倒した夜、CDショップの店員は曲を車内で流した状態で平気だった。

あり得ない話だと思った。しかし、あの店員はどこか人間離れしている所があるので、そういう事もあるのかもしれない。


いやしかし、ひょっとしたら…車の運転などに携わる事は可能なのではないか?だって、あの店員は曲の素晴らしさを認めていたじゃないか。


人は信じたい事を信じるものである。英二同様、曲を聴きたくて仕方がない慶喜は「車の運転には差し支えない」という考えの方を取る事にした。



車内に設置されたプレイヤーを開き、胸を高鳴らせながらCDをセットする。何度も繰り返してきた行為なのに、このときめきが衰えた事は無かった。


プレイヤーがCDを回転させる音がして、間もなく美しい音色が流れ始めた。

二人はそれに、うっとり聴き入っている。夜闇の中、何でもない木々やアスファルトの道路のみが続く光景、それらが急にたとえようも無く美しい風景に見えた。

群青色の空に浮かぶ、星々。空の色と多少見分けのつく、真っ黒な木々がたまに深緑色に見える。ライトに照らされ浮かぶ、色褪せたアスファルト。

どれもが鮮やかに、活き活きとして見え、慶喜は感動していた。


――夜の山中というのは、これほど美しいものだったろうか?この音楽を聴きながら運転するだけで、こんな素晴らしい体験ができるとは。



目覚めると、慶喜は布団の中で横たわっていた。慌てて周囲を見ると、十畳程の和室である。

隣では、別の布団に英二が横たわって寝ていた。


「どこだ、ここは…一体、どういう経緯で俺たちはここへ…?」


さっきまで、車を運転していた。そして音楽をかけた事で、見える景色が随分と美しく見え、そして気付いたらここにいる。

空白の部分の記憶が、全く無い。


「ど…どこだ、ここは?」


背後から声がした。英二が目を覚ましたらしい。


「お、おい…車は…俺のCD…CDは無事なのかあ?!」


何よりも先に、CDの心配をしている。しかしその気持ちが、慶喜にはよく分かった。

自分だってかつて、CDを取り戻すために死地へ向かったのだ。


そして慶喜のCDもまた、車に置いたままの鞄に入っている。部屋を見回したが、鞄は見当たらない。


積んだままの「あ」も、もし見つかれば大変な事になる。


「CD…CD…」と言いながら、二人がそうして頭を抱えていると、廊下をヒタヒタと歩く足音が近づいてきた。襖に人影が現れる。


巨漢の老爺、半グレ…次は一体何が出るんだ…?

これまでの経験から、慶喜は思わず身構えた。襖に手がかけられ、スルスルと開いていく。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る