邂逅

「立ち話も何ですから、移動しませんか。」


ケーキというアカウント名を使用する男がそう言うのだが、時谷は既に座っている。ケーキもすぐ横にでも座れば良いじゃないか、と思ったのだが、ケーキの視線の先に目と鼻の先にある交番がある事に気付き、素直に場所を移す事にした。


ケーキ、●witterというSNSで見つけたカモ。金が無い、金が無いとばかり呟いていたのでDMを送った。

時谷の仕事の一つが、預金通帳の買い取りだ。中身はカラで構わない、別名義の通帳が必要なのである。

空の預金通帳を三万で買い取ると言われ、ケーキは易々と飛びついた。

通帳の販売は犯罪だ。それを知らないのか、知ってはいるがそれでも必要な程、金に窮しているのか…ケーキの身なりや様子を見ていると、どちらとも言える気がした。


瞳孔までは暗くて確認できなかったが、ケーキはジャンキーであろう。それも末期に近い。最早薬を手に入れる事以外はどうでも良くなっているはずだ。


こいつはまだ、他にも使えるかもしれない――ケーキの使い道を考えながら、時谷はすえた体臭を放つ男と並んで、アメ村を歩く。

この時間帯は開いている店も少ない。たまにしか人とすれ違う事の無い夜道をしばらく歩き、角を曲がった。


既にシャッターの降りた店ばかりに挟まれた道路を通ろうとする車は無く、道の先には大通りがあるが、車は殆ど走っていなかった。人通りも、男と一人すれ違った程度。

この辺りで丁度良いのでは。そう考え足を止めようとしたその時、後頭部に激痛が走り頽れた。


霞む視界にはアスファルト、そして突っ立っているケーキの足元が見える。裾のほつれたパンツ、薄汚れた底の抜けてそうなスニーカー。背後に人の気配がするのだが、振り向く余裕が無い。


――チクショウ、こいつら叩きか…


再び後頭部に激痛が走り、時谷は意識を失った。






「あ」という雑にも程があるアカウント名の男、彼がうずくまり、もう一撃で倒れた所で慶喜は彼の背後に立つ英二と顔を見合わせる。

英二は「あ」とすれ違いざまに、彼の後頭部を石で殴りつけた。


「死んでないかな?こういう事やるの初めてだから、力加減が分からなくて…」


英二が心配そうに言いながら、屈んで「あ」の様子を窺う。


「あ」はうつ伏せに倒れ、手足を痙攣させていた。


「大丈夫だろ、動いてるし。」


慶喜が「あ」の髪を掴んで顔を見ると、彼は白目を剥き泡を吹いている。


「良かった、生きてる。」


二人はそう安堵すると、近くに停車しておいたレンタカーに運び込んだ。

車のトランクに置くと、まず手足を拘束し布を噛ませて縛り蓋をした。

二人は満面の笑みで顔を見合わせ、車に乗り込み走り出した。




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