待ち合わせ
深夜一時、時谷はアメ村の三角公園の塀に座っていた。
昼間の雑踏が嘘のように、静かだった。たまにチラホラと人が通りかかる程度である。
側に建つビルの地下から、いきなり人がぞろぞろと出て来て、少し騒がしくなる。そこはライブハウスだった。さっきまで公演していたのだろう、アーティストの物販で購入したらしきTシャツやタオルを身に着けた人々が、しばらくそこらに立っていたり座ったりして雑談に講じたり、ペットボトルに口を付けたりしている。
「ライブかな?」
いきなり間近で声が聞こえて驚き、声のした方を見ると、いつの間にか男が一人立っていた。
周囲に他に人はおらず、明らかに時谷に向けた言葉だ。
「え、ええ…その様ですね。」と思わず返事をする。
「良いですね…ライブ公演というのは。」
男はしみじみと言った。時谷は気付かれぬよう、男の姿を値踏みした。
背丈は百七十程だろうか、非常に痩せた男だった。こけた頬、隈に縁取られた落ちくぼんだ目、艶の無い毛穴の目立つ肌、髪だけが妙に脂ぎっているのだが、おそらく整髪料の付け過ぎだろう。
小便臭い体臭が漂う。風呂に入らない人間特有のそれだ。首元の伸びたシャツにパンツ、全てがみすぼらしい。
――ジャンキーだろうか?ぱっと見四十代に見えるが、実際はもっと若いのかもしれない。
「ライブによく行かれるのですか?」
良い顧客になるかもしれない、そう考え時谷は話を続けようとした。
普通の商売をしている人間なら、こんな奴を顧客にするなど考えたりはしない。しかし時谷の商売は普通ではなかった。
「一度だけ。」
男はライブハウスから出てきた人々を眺めながら、そう言う。羨んでいるような、懐かしんでいるような横顔だった。
「最高でしたよ…音源とは天と地程の差がある。俺は、あのライブを再び見たいんです。」
「へえ、何てアーティストですか?」
「名前はね、その時開かれるライブによって違うんです。」
――そんなアーティストがあるものなのか?やはりこいつはジャンキーで、幻覚の事でも言っているのかもしれない。
「ライブを開いてもらうためには、金が要るんです。」
――こいつ、地下アイドルにでも貢いでるんじゃないか?しかしまあ、そんな事はどうでも良い。金に困っているのは好都合だ。
「お金がご入用でしたら、力になれるかもしれません。」
「知っています。『あ』さんでしょう?」
男が急にこちらを振り向き、そう言った。「あ」というのは、時谷が客を探すために使用する、●witterのアカウント名だ。
「あ…ケーキさんですか?!」
「はい、今回はよろしくお願いします。」
男が笑顔になり、歯の無い歯茎がむき出しになった。
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