通帳

「明らかに怪しい奴だ…」


DMの内容は『三万を提供可能です。』とあり、電話番号が明記されていた。


「これ、闇金の営業じゃないか??しかも三まんって…そんなはした金が欲しいわけじゃないんだよ!」


慶喜はスマホに向かって怒鳴り、またテーブルを殴った。せっかく足してもらったお冷が、また半分程の量に減ってしまう。


慶喜の反応を察したように、続けて新しいメッセージが届いた。


『当方、金融機関ではありません。あくまでも提供になりますので、返済は不要です。』


「闇金じゃないのか?マジで?…タダで金貰えるなら…貰えるもんは貰っとくに越した事はないよな。」


慶喜は席を立ち、店を出た。店員や他の客がホッと胸を撫で下ろし、窓から彼が足取り軽く立ち去っていくのを、何とも言えない顔で見ていた。


帰宅すると、慶喜は思わずCDとプレイヤーに手を伸ばしそうになるが、その衝動を必死に抑え、DMのメッセージに載せられた番号を押す。


電話はワンコールで繋がった。


『お電話ありがとうございます。』


コールセンターの職員を思わせる、感じの良い若い男性の声だった。

怪しげな組織、ヤクザのような相手を想像していた慶喜は、少し安堵する。


「あの、先ほどDMでメッセージをいただいたケーキですけど…」


ケーキというのは、慶喜が●witterで使用しているアカウント名だ。


「本当に、お金を…貸すのではなく、いただけるのでしょうか?」


『もちろんです!ただ、お家にあるものをこちらがいただく事になります。』


「三万もしそうな物はちょっとうちには…」


探せばあるかもしれないし、CDプレイヤーなどはそれに該当しそうだったが、手放すわけにはいかない物だった。


『いえいえ、そうではありません。慶喜さん、使用していない預金通帳はお持ちですか?』


「通帳…ですか?そりゃ、ありますけど。」


『もし、お使いのものしか無ければ、どこでも良いので通帳を作ってください。当方はそれを三万で買い取ります。』


慶喜は承諾し、相手は待ち合わせ場所と日時を指定した。

電話を切ると、待ち合わせの日時を忘れぬようアラームをセットし、飢えた人間が食い物に飛びつくような必死さでCDプレイヤーに飛び寄り、CDをセットした。

そして、明日の出社時間まで延々と音楽に聴き浸り続けた。


満月の夜だった。真っ暗な部屋で、カーテンを開けたままの部屋の中、ヘッドホンを耳に付け、半開きの目から喜びの涙、だらしなく開けた口からは涎を垂らしながら、恍惚としながらも慶喜は満たされずにいた。


CDを聴きながら、一度だけ体験する事のできたコンサートを脳裏に思い描く。


――あのコンサートをもう一度…もう一度…いや、一度だけではなく何度でも…










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