DM
「あのさ、通帳には金が入っていなくて良いんだ。一円も入ってなくて良い。ただ別名義の通帳が欲しいだけで…」
相変わらず同じ姿勢、表情で停止したままの陽介に、慶喜は遠慮がちに訴えた。
陽介の表情がようやく動き、力が抜けたように肩を落とす。大きな溜息をつき、宙を仰ぎ見た。
陽介は黙って財布を取り出すと、五万出し静かにテーブルに置いた。
「返さなくて良いから。」
呆れた顔で、慶喜とは目を合わせようともせずそう言った。
「もう俺に関わらないでくれ。あと、変な事考えるんじゃないぞ。」
そう言うと陽介は席を立ち、伝票を持ってレジへ行くと、そのまま帰ってこなかった。
窓から、陽介が立ち去る姿が見えた。こちらを振り返って見ようとすらしない。一度も立ち止まる事無く離れていき、やがて見えなくなった。
一人残された慶喜は、しばらく席に座り停止していた。何が起きたのか、脳内で処理し切れずフリーズ状態だ。
そしてようやく事の次第を理解すると、沸々と怒りがわいてきた。
「チクショウ!どいつもこいつも薄情だ!」
叫びながら、テーブルを思い切り両手で殴る。テーブルが揺れて、珈琲とお冷が飛び上がり、中身がかなり飛び散ってしまう。
慶喜の方など見向きもしていなかった他の客たちが、一斉にこちらに目を向け、そしてすぐに逸らす。
少し離れた場所にいるウェイターも凍り付いたように突っ立っており、強張った顔でこちらを見ていたが、すぐ目を逸らした。
お冷の中身が殆ど無くなったというのに、つぎ足しにも来ない。
そのまま奥へ引っ込もうとするウェイターに「おい!水をくれ!」と、慶喜は怒鳴った。
後ろを向き、縮こまって立ち去ろうとしていたウェイターが、跳ね上がるようにビクっと体を動かし、速足で慶喜のいるテーブルまでやってくる。
ウェイターはあどけない顔をしており、おそらくバイトの学生であろうと思われた。
強張った顔で、視線をグラスコップのみに向ける事で慶喜と目を合わせぬようにしている。
ウェイターは急いで水を注ぎ終えると、礼をし足早に去っていった。
「バイトか…」
バイト…何か良いバイトは無いだろうか。高収入で、手っ取り早く稼げるバイト…
そんな事を考えながら、慶喜はスマホで仕事を探し始める。しかし、そんな都合の良い仕事は全く見当たらなかった。
「はあ…金が欲しい。金が…」
そんな事ばかりをぼやいているうちに、●witterにも書き込んでいた。
すると、DMにメッセージが入った。開くとそれは見知らぬアカウントからで、アイコン画像は無く、プロフィール欄も無記名。そして何も呟いていない。
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