金策

帰宅した慶喜は、CDプレイヤーを動かしたい欲望を必死に抑えた。

今は、音楽に聴き浸るべき時ではない。


帰宅途中、店員はこう言った。


「人間も、まとまった金もしばらく手に入らないので、コンサートはできそうにないんですよね…そういう訳ですから、しばらくの間CDの音源で我慢してください。」


慶喜は身を乗り出し、訴えた。


「なら、俺が用意します!今回は失敗したけど、次は必ず…」


生演奏をもう一度聴きたい…あれを聴かなければ、生きている意味など無い。CDでは物足りない。

そのためには、金とそして人間を手に入れなければ。


「まずは金だな…」


良い方法は無いだろうか、とそんな事を思いながらスマホを開くと、特殊詐欺による損害~億という風なニュースが目に飛び込んできた。


「詐欺でもやるか…?」


もう廃れているが、シンプルに家族の誰かを装い金銭を振り込ませる詐欺でもやろうか。今更引っかかる人間はそういないだろうが、何件もかければどこかが引っかかる気がした。


そのためには、別名義の携帯と通帳が必要だ。

慶喜はスマホのアドレスを開き、もうずっとかけていなかった番号を押した。




待ち合わせ場所のファミレスへ行くと、陽介は既に四人掛けのテーブルに座り、珈琲を飲んでいた。

慶喜に気付くと、陽介は複雑そうな顔をして目を合わせようとしない。斜め下へ、気不味そうに目を向けている。構わず席に着き、珈琲を注文した。


間も無く珈琲が置かれるまで、二人は無言で向かい合わせに座っていた。

食事時を外した時間帯、平日のファミレスは空いている。一人、パソコンと真剣な顔でにらめっこする客や、スマホをいじりながらたまにお喋りするカップル、マルチ商法の勧誘とそれに聞き入る客などが周囲にいるが、当然慶喜ら二人に目を向ける事は無い。


先に口を開いたのは、慶喜だった。


「陽介、久しぶり。突然だけど、通帳を一つくれないか?買うのでも良い。」


「…は?!」


予想外の話だったのか、陽介は「は?!」と発したまま口をぽかんと開け、目を驚愕したように見開いている。


「分かった、一万円出すよ。だから通帳をくれ。」


陽介は相変わらず、目と口をぽかんと開けたまま、何の言葉も発さない。


「その、あと携帯も契約してくれないか?金は俺が払うから。別名義の携帯が欲しいんだ。」


「駄目かな?」と思いながら、慶喜は何も喋らない陽介を観察する。


「分かった、通帳に二万、携帯を契約してくれたら一万付ける。」


陽介は相変わらず、まるでDVDの映像の停止画像の様に、同じ表情のまま、何も喋らずにいた。

慶喜も黙り込み、じっと様子を窺う。





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