刺身

「機械って…何の機械で、何に使うんだ?」


「慶喜さん、これで死体の髪の毛や陰毛を刈り取ってください。」


慶喜の問いに店員は答えず、バリカンを手渡してきた。


「長い毛があると、機械が動かなくなりますからね。」


そう言うと、早くも死体の髪の毛を引っ張り引き寄せ、刈り始めた。

慶喜も同じく、死体の毛を狩り始める。しかし死体の頭部の皮膚がぶよぶよしてきており、非常に刈り難かった。

しかし相手は死体である。気を遣う必要も無い、と皮膚を傷だらけにしながら刈っていった。


悪戦苦闘する慶喜に対し、店員の手際は非常に良い。死体の皮膚を一切傷つける事無く、美容師の様に素早く、そして綺麗に刈っていった。

ずば抜けて器用なのか、何度もやっている事だから慣れているのか…


毛を刈り終えた死体を、今度は山状態にせず平らに並べていった。

再び外に出た店員は、何かを転がしながら戻って来た。キャリーバックの様に、長い把手が地面へ続く先には、五十センチ四方程の機械が取り付けてある。

さっき調子を見ていたという機械は、これの事だろう。


店員は機械の横から紐のようなものを勢い良く引っ張り出し、ブウウウン…ブウウウンという音を響かせた。

すると、機械はゴゴゴゴゴゴ…と轟音を建物内に響かせる。


店員は轟音鳴り響かせる機械を、把手を使って押し、死体の並ぶ方へ進んでいった。

機械が死体に届くと、轟音は何かを潰したり砕いたりするような音に変わり、死体が見る見るうちにミンチ状となった。骨も何もかも砕かれ、かつては人の形をしていたとは思えない。

腸や膀胱に排泄物が残っていたのか、生臭い肉に糞尿の臭いも入り混じった悪臭が漂い始めた。

肉や骨だけなら、まだ旨そうと思えただろうが、糞尿まで混じっているのだからこれはとても食えたものではない。

まず人肉という時点で、食い物ではないのだが。


慶喜にマスクを手渡しながら、店員はおかしそうに「あなたも、そうとう臭いますよ」と言って笑った。


そういえばと、何度も失禁した事を慶喜は思い出す。ちょっと脱糞もしたかもしれない。


悪臭を放つミンチ肉を、杓ですくいバケツに入れていった。

これをどうするのかと見ていると、店員はミンチの入ったバケツを一つ持ち、水槽へ向かう。

杓を使ってバケツの中のミンチをすくい上げると、水槽の中に少しずつ落としていった。

底にへばりついていたヒラメたちが急に勢い良く泳ぎだし、ものすごい勢いでそれを貪り始める。


てっきり死体の始末は海に沈めるのかと思っていたが、なるほどこうした方が発覚し難い。慶喜は感心した。


慶喜も店員に習い、ヒラメにミンチを食わせていった。


糞尿塗れの人肉ミンチを、構わずヒラメたちはバクバク食べている。

きっとこれまでコンサートに使った楽器たちも、こうしてヒラメに食わせてきたのだろう。

そんな食生活のヒラメの健康状態がどうなのか、慶喜は見ていてもよく分からない。ただ、表皮に異常は見当たらず、泳ぐ姿も元気に見えるので、まあ健康と見て良いのかもしれない。


ミンチをたらふく食ったヒラメたちは、再び水槽の底にへばりついた。食べて寝るだけの生活…病気や怪我も患っていない人間なら、確実に病人になっているだろう。


店員がおもむろに水槽に手を入れ、ヒラメを一匹取り出した。ぬるぬるしていて掴み難いであろうヒラメを、いとも簡単に素手で。ヒラメは店員に尾を掴まれ、グネグネ動き抵抗しているが、尾を掴む店員の手から滑り落ちる事は無い。驚きの器用さだ。


いつの間に用意したのか、そこにはまな板と包丁があった。店員はまな板にヒラメを押さえつけ、包丁をエラの辺りにザクザクと入れる。ヒラメはなおもビチビチと動き、抵抗を試みている。

頭を切り落とした後も、体は動いていた。すごい生命力だ。

店員はヒラメの体から皮を、手でスルリと剥いてしまった。中から白い身が現れる。

窓の外から射す、陽の光に照らされた白身はふっくらとしていてツヤがあり、とても美味そうだ。

店員は鮮やかな手さばきで、白身を一口サイズに切り、皿に見栄え良く盛り付けた。

炊飯器から、湯気の上がる白米を茶碗に盛り、醤油とワサビの乗った小皿を側に置く。


「写真撮って良いですよ、アップするでしょ?」


「いや、SNSやってないから…」


「じゃあ、召し上がってください」と言われ、慶喜はそこに座り、ヒラメの刺身にワサビと醤油をつけて口に入れた。

旨味がじんわりと口中に広がる。コリコリとした食感はヒレの部分だろうか。とても糞尿塗れの人肉ミンチで育ったとは思えない。


現在何時なのか分からないが、既に昼にはなっているだろう。昨日の昼以降、何も食べていないため、胃はからっぽだった。急に空腹を思い出し、慶喜はガツガツと夢中になって食べ、あっという間に平らげた。


「これぞ、自給自足だな!」


腹が膨れ、やや体力がついたのか、慶喜は元気良くそう言った。

店員は、ニコニコしながら頷く。











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