急所

玄関にたどり着くと、慶喜は再び戸を閉めたままで外の様子を窺った。シン…としており、物音が何も聞こえない。


――おかしい。死体を切断したり、あれこれしたりといった音が聞こえるはずなのだが…

ひょっとして、あの三人は車に乗らずに走って逃げたのだろうか?馬鹿みたいな話だが、頭がパニック状態になると思いもよらぬ事をしてしまうものだ。

もしくは、車に走り着いたものの老爺に車を壊され、車を使って逃げる事が叶わなかった…

そして、走って逃げた三人を老爺が追っていったとすれば…


今が逃げ出すチャンスだ!


憶測通りである事を願いながら、慶喜は恐る恐る戸を開けた。少しずつ、体は戸からなるべく離した状態で。


途中まで開けたところで、一気に戸を引いた。

心臓がバクバクし、息が荒くなる。暑くもないのに、この数分間で全身が汗びっしょりになった。


目の前に広がる暗い庭を懐中電灯で照らすと、犬や猫の生首、そしてあの三人と思しき死体が転がっていた。


あの三人は逃げられなかった…老爺は彼らを追っていったはずでは…?え、じゃあ…


そこまで考えて背筋が凍り付いた。


次の瞬間、目の前に大男、あの老爺が現れ、そして斧を高くから今にも振り下ろそうとしている。


「ぎゃあああああああああ!」


慶喜は思わず叫び声をあげ、飛びのいていた。間一髪、老爺の振り下ろした斧は慶喜の立っていた位置、三和土に刺さり、元々ボロボロだったそれは面積の三分の一程が木っ端みじんになった。下地のモルタルやメッシュがむき出しになっている。


慶喜はひぃ~と言いながら、玄関で仁王立ちする老爺に目を向けた。

暗い玄関で、巨漢の影だけが見える。振り下ろした斧を軽々と持ち直す姿を見て、再び失禁しそうになった。


「金だ!金がある!俺は金の隠し場所を知っている!」


老爺にはまだ、人の言語を解する能力がある事を思い出し、慶喜はそう叫んだ。


「三百億、いや五千億くらいになるかもしれない!それを教えるから、勘弁してくれ!」


しかし老爺は全く意に介する様子が無く、ずんずんとこちらへ歩を進めてきた。


――こいつに金は効かない…


慶喜は後退りした。逃げようにも、この家の裏には戸や窓はおろか、穴の開きそうな所すら無い。


――そうだ、あの部屋なら窓はあった


チンピラの死体が転がっている、この家に来て最初に入った部屋、そこには窓があった事を思い出し、慶喜は駆け出した。背後からは老爺が凄まじい足音をたてながら追って来るのが聞こえる。


部屋に駆け込み、窓のある方へ急いだ。窓ガラスはかなり広範囲に割れ落ちているが、それでも成人一人が潜って抜け出せる程ではない。ギザギザの割れたガラスの断面が体に当たり、怪我をしそうだ。


鍵が開いている事を確認すると、慶喜はガラと引き戸状の窓を開けようとしたが、何かに引っかかっているのか、錆びているのか、びくともしない。

背後では老爺が部屋の入口にいて、ゆっくりと、楽しんでいるかのように歩きながらこちらに向かって来る。


周囲を見渡すと、すぐ側に死んだチンピラの、切られた腕が落ちていた。慶喜はそれを掴み、老爺に投げた。

老爺が軽々とそれを振り払おうとし、注意が逸れたその隙に、慶喜は金槌で老爺の向こう脛を思い切り叩いた。








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