雪埃

二階に駆け上がると、そこには長年誰も足を踏み入れていないのか、一面埃塗れだった。

まるで埃が雪のように、部屋中を埋め尽くしている。

窓が一つ見えるだけで、家具は何も無い。

今更だが、チンピラの相方はよくこんな所に帰ったと思う。こんな場所でも、実家であれば居心地の良いものなのか、他に行く所が無かったのか…おそらく後者だろう。


どこかにCDが、そしてCDプレイヤーがあるはずだった。チンピラの相方は、あの曲に魅せられて遁走したのだから。

あの曲を聴くために、プレイヤーか何かを必ず持ち込んでいる。


勢いよく足を踏み入れると、積もった埃が舞い、鼻や口を経由して肺に入って咳き込んだ。

埃の入った目をしばたたかせ、手を左右にぶんぶん振り、埃を払おうとするが、よけいに舞い上がり視界を悪くしただけだった。


「くそったれ!」


悪態をつき目をこらした先に、押し入れが見え、——もしやそこに?と考えた慶喜は、埃を舞い散らせながらそこへ近づいた。

ガラと意外にスムーズに開いた押し入れの中、埃塗れの部屋でそこだけがスッキリと綺麗に存在している。

いや、よく見れば細かい埃や砂のようなものはあるのだが、それでもあの埃塗れの部屋を見た後なので、非常に綺麗に見える。


そして押し入れの下の段には、CDプレイヤーがあった。すぐ側には見慣れたCDケース…あのCDを入れていたケースと同じものだ。

恐る恐るプレイヤーを開いて、慶喜は息を大きく吐き脱力した。安堵の脱力だった。

そこにはCDがあったのだ。


プレイヤーはイヤホンに繋がれている。チンピラの相方は、この押し入れの中で老爺に隠れながら曲に聴き入っていたのかもしれない。

そこを引きずり出され、曲から引き離され殺されたのだろう。死体の形相は、とても曲に聴き入っている間、知らぬうちに殺されたようには見えない。


CDを丁寧にケースに入れると、慶喜は急に静かになった下の階が心配になった。しかし、階段を登って来る気配も無い。

階段を使い、下に降りるのも怖いので、窓から気付かれぬよう抜け出す事はできぬものだろうか、と窓から下を見ると、そこには数名程の人だかりが見えた。


車に乗って来たらしく、慶喜たちが乗っていた車の側にもう一台停まっていた。

人数は三人。顔まではよく見えないが、シャツやトレーナーなどのラフな格好で、一人はスマホを掲げており、画面の前で残る二人が大袈裟な身振り手振りをしながらはしゃいでいる。


明らかに役所や警察の者ではない。近所、いやひょっとしたら遠方の者たちが冷やかしにやってきたのだろう。


視界の隅にもう一人現れた。スキンヘッドにタンクトップの屈強な巨漢の後ろ姿…この家に住む老爺だ。

スマホを掲げる人物に、老爺は歩み寄ろうとしている。暗いからか、画面の前で夢中になっているからか、老爺が見える位置にいる二人に気付く様子は無い。


気付いたところで、どうしようもないのだが。三人が助かるには、上手く逃げ切るしかない。

三人のうち一人でも逃げ遅れたなら、まだ時間は稼げる。慶喜はこの三人がどんくさい様である事を願い、急いで下に駆け下りた。


階段を降りると、目の前すぐにある部屋で、血塗れで横たわるチンピラの姿が目に飛び込んできた。


――ああもったいない、こいつも生きていれば楽器にする事ができたのに…


もしかしたら、まだ息はあるのかもしれなかったが、生死を確認する暇は無かった。

――もし、息があれば

そう思うと、慶喜は無念だった。急がねばならぬ状況と、楽器を得られる機会が同時に来た事を恨んだ。









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