戦闘

「…随分手馴れてますね。」


「まあな。以前はこれで、月一千万は稼いでいた。」


「得意げに、胸張って言う事じゃないでしょう。」


月一千万は無い、話を盛り過ぎだ。こいつは空き巣に入る家の情報も、ろくに調べる事をしないだろう。そう思ったが、慶喜は言わなかった。


真っ暗な玄関を懐中電灯で照らすと、ボロボロに崩れた木製の靴箱、所々削れてボコボコになった三和土が見えた。

慶喜が何気なく靴箱の引き戸を開くと、中から大量の鼠やゴキブリ、ムカデなんかが、物凄い勢いで飛び出してきた。


「ひいっ」と短い叫びをあげ、尻もちをつく。鼠や不快害虫はあっという間にどこかへ消えたが、慶喜はしばらくの間、体中にそいつらがまとわりついている気がしていた。


「何やってんだよ、無駄な事するなよ…」


背後でチンピラが呆れている。


「いや、ここにCDが隠されているのかも、と…」


そう言われ、チンピラは靴箱の中を懐中電灯で照らし、覗き込んだが、中には蛆のわいた鼠の死骸、力無く手足を動かす死にかけのムカデ、仰向けにひっくり返った状態で死んだゴキブリなどしかおらず、靴は一足も無かった。CDらしきものも見当たらない。


二人が玄関に上がると、ギシという大きな音が鳴った。


「こうやるんだよ。」


チンピラは懐中電灯をポケットに入れ、バールを背負い四つん這いになった。


「この体勢で進めば、体重が分散されて足音が響き難くなる。」


どうやらこの男は空き巣だけでなく、住民が寝静まった頃を見計らい、盗みに入ったりもしていたらしい。

散々騒いだ後で、今更物音をたてぬようにしても意味が無いと思ったが、得意げなチンピラの姿を見ていて何だか可哀想になったので、慶喜は黙って自分も四つん這いになった。


四つん這いになり、二人はとりあえず玄関から一番近そうな部屋を漁る事にした。暗闇に目が慣れ、懐中電灯で照らさずとも、部屋のおおまかな様子ぐらいは知る事ができる。


玄関に上がると、すぐそこにある階段を通り過ぎた辺りの左側に、その部屋はある。

開けっ放しであろう引き戸の障子は、破れていない所を探すのが難しい程で、むき出しの畳はどこも毟れて見えた。入って左側にある窓にはもちろんカーテンなど無く、窓ガラスがかなり広い範囲で割れている。冷やかしに来た誰かが割ったのか、それともこの家に住む老爺が…

砂壁の砂は殆どが剥げ落ち、毟れた畳は砂や埃に塗れている。


六畳程のその部屋に、家具は何も無かった。

それでも念のため、懐中電灯で照らしながら部屋を隅々まで探してみるが、畳から這い出す尺取虫のような動きをする、赤と黒の縞模様の虫、ブルブルと羽音を響かせながら横たわる、死にかけの蜂、鼠のものと思われる糞等しか見当たらない。


慶喜は溜息をついた。チンピラも同様で「次に行くか」と別の部屋を探す事へ促す。

二人がこの部屋を出ようとした時、ギシという廊下に体重のかかる音が聞こえ、凍り付いた。


「あの爺さんだ、起こしちまった…」


「当たり前だろう!あれだけ騒いだ後なんだから…そもそも爺さんは夜は寝るなんていう、普通のライフスタイルかどうかも怪しい奴じゃないか!」


殺るやるしか無い。いや、元々そのつもりだった。慶喜はハンマーを握りしめる。チンピラもバールを構え、ガクガク震えていた。


ギシ…ギシ…という音が近くなり、とうとう部屋の入口にまで来た時、慶喜は息を飲んだ。

懐中電灯に照らされたその姿は、体長二メートルはあろうかと思われる。

幅の広い肩、薄汚れたタンクトップから覗く慶喜の太ももくらいはありそうな腕は、筋肉が盛り上がっており、片手で斧を手にしている。老爺の手にあるその斧は、まるでミニチュアの様に見えた。

足の筋肉はスウェットからはちきれんばかりに張っていた。腹は力士のように出っ張っており、タンクトップから溢れ出て胡麻だらけの汚い臍が丸見えになっている。

太い首には、ちょこんと小顔がのっかっており、頭部はツルツルのスキンヘッドだった。

足元を見ると、裸足である。外でもどこでも裸足らしく、足は泥か何かに塗れ汚れており、爪が全て剥がれ落ちていたが、老爺には痛がっている様子も無い。


老爺は笑っていた。目も笑っている。垂れた目から濁った白目、獲物を見つけた肉食獣を思わせる輝きを放つ黒目が見える。

両端を糸でつり上げたように口角が耳まで上がり、真っ赤な口の中が見えた。歯が一本も無い。老爺は口から涎を垂らし、笑っていた。


常軌を逸した老爺とは聞いていたが、予想していたものとかなり違っていた。常軌を逸してはいても、標準的な体型や体力の老爺だとばかり思っていたのだ。


こんな老爺相手に、よく子供たちは軽い気持ちで冷やかしに訪れたものだと慶喜は感心した。最近の子供は逞しい。

そしてチンピラがあれほど怯えていた理由も、理解した。









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