奪還

車は徐々に、住宅も店舗も見えない山道に入る。そこを抜けると、のどかな田舎で小さな民家がぽつぽつと在り、広々とした田畑が車のライトに照らされて見えた。


街灯の無い、狭い道を慣れたハンドルさばきで、チンピラは車を走行させる。


相方の家は、確かにポツンと一軒家だった。

山道の側にあり、隣にはかつて民家なり店舗なりあったのか、空き地がある。

冷やかしに来た人間の置き土産か、煙草の吸殻や、缶、菓子類の開き袋なんかが散らばっていた。


その家は近寄ると生臭い、獣のような、そして何かが腐ったような臭いがした。

玄関は一メートル程高さのブロック塀に覆われているが、その塀はあらゆる所が欠けている。

小さな庭は雑草が茂っており、屋根の瓦が所々壊れていたり、無くなっていたりしており、かつては漆喰仕上げだったと思われる外壁は、土壁や木が露わになっていた。


これだけなら、ただの空き家である。しかし「人が住んでいるのかもしれない」と思わせる要素が、その家にはあった。


玄関の隅、至る所に側面の欠けた植木鉢が並んでいる。かつて正気であった頃の家主のものか、彼の配偶者、もしくはチンピラの相方の父母である娘か息子のものだったのかは分からない。


ただ、この家にも植木鉢に花などの植物を植え、育てる、そんな風景がかつては見られたのであろう事だけは察せられた。


その植木鉢に、現在花などの観葉植物は植わっていない。代わりに小さな、握りこぶし大程の首、手や足が土から生えたように刺さっていた。


車のライトに照らされて見えたそれらは、遠目にもプラスチック製の人形のものと分かる。

キラキラとした目の描かれた、ボサボサになった髪の毛の人形が、笑顔で首だけを植木鉢から覗かせ、こちらを見ている。


それだけではない。ブロック塀の上には、様々な人形の首が置かれていた。その置き方は決して几帳面ではなく、間隔もバラバラで人形の種類や性別、年齢もどこにも一貫性が見られない。

おそらくゴミ捨て場かどこかで適当に拾ったものを、こうしていい加減に並べているのだろう。


「イカれてやがる…久しぶりに来たけど、あの爺さん、まだ健在か。」


チンピラはそう呟くと、車の後ろのトランクを開け、バールと金槌、懐中電灯二つを取り出した。

慶喜は金槌と懐中電灯を一つ手渡され、バールを持ったチンピラと共に玄関の門を潜る。


何気なく雑草生い茂る庭を照らした慶喜は、ギョッとして思わず叫びそうになった。

全く手入れされていないであろう庭は、犬や猫といった動物の生首が、所狭しに並べられていたのだ。


「臭いの正体はこれだったのか…」


慶喜は鼻と口を覆った。


「くそっ…やっぱりイカれてやがる…」


チンピラはこれについては初めて知った様で、戦慄している。



「ぎゃああああああああああああああああああ!」


犬や猫の生首から目を逸らした慶喜は、次の瞬間尻もちをつき、夜空に響くような叫び声をあげていた。



「おい!何だか知らないが、静かにしろよ!」


慌ててそう言うチンピラに、慶喜は「あ、あれ…あれ…」と震える声でブロック塀の一角を、懐中電灯で照らした。


慶喜の指す方を見たチンピラは、思わず口を覆う。そうでもしなければ、慶喜同様に叫んでしまいそうだと言わんばかりに。


ブロック塀の上に並べられた人形の生首、その中で一つだけ血を滴らせているものがあった。

人間の首、チンピラの相方のものだ。慶喜は彼の顔を、月明かりに照らされた姿しか見ていないが、彼の顔は非常に特徴のある顔だったので、わりとよく覚えている。


相方は、目玉が飛び出さんばかりに見開き、苦悶の表情を浮かべたままこと切れていた。

一体どんな殺され方をしたのやら、頭部の皮膚や骨が一部剥げており、赤みがかった脳みそらしきものを覗かせている。


――まさか…


慶喜は懐中電灯の照らす先を、植木鉢の並ぶ箇所へずらし「…やっぱり」と、愕然としながら呟いた。


人形たちの手足が植えられたその中に、人間と同じサイズの手足が一カ所だけ並んでいた。

確かめなくても分かる、チンピラの相方のものだ。














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