攻防
「相方の人、地元の実家はどこにあるんですか?」
車をチンピラに運転させながら、相方の地元について尋ねる。
「○○県だ…▽×市…田舎で、そうだなポツンと一軒家みたいな、そんな感じの所にあるボロ家に爺さんと二人で住んでいた…」
○○県、大阪からそう遠くない。時計を見ると、深夜二時。この時間帯なら道路も混んでいないだろう。高速を使う必要は無さそうだ。
「爺さんに匿ってもらってるんでしょうか…まあ、事情は話していないでしょうけど。」
「その爺さんも変な爺さんでよ、俺らが子供の頃からおかしかった。」
随分詳しいと思ったら、二人は同郷の幼馴染らしい。
「どっからか漁ってきたのか、ボロいマネキンとか人形とか…それらの首や手足を切断したりして、戸口や庭なんかにぎっしり飾ってたり…」
チンピラは不安を払拭するためか、延々と喋り続けている。
「家の前を通ると、訳の分からない事を怒鳴りながら出て来たりしてたんだよ。子供はよく度胸試しみたいな感じで、わざとその家に近寄って…そんで爺さんが怒鳴りながら出てきたら、笑いながら逃げる。そんな遊びしてたな。」
「その相方の人、よく無事に暮らせていましたね。」
「電気とかガスも止まってたみたいで、川で体洗ったりしていたよ。食い物とかどうしてたんだろうな?そういや聞いた事ねえわ。」
「田舎で、そんな特殊な家の子だと、居辛かったでしょうね。」
「そうだな…学校も…小学校ん時、いじめられて来なくなって、それっきりだった。臭いし汚ねえし、家はあんなだから、クラスどころか村中から嫌がられていた。」
そんな村の厄介者と、現在このチンピラは組んでいる。この口ぶりだと、チンピラの家はわりと村に馴染んでいたのだろう。少なくとも相方の家よりは。
地元に居る時期は、このチンピラも他の子供たちに混じり、相方の家へ度胸試しに向かったり、避けたりしていたに違いない。もしかしたら、彼をいじめる者の一人ですらあったかもしれないのだ。
それが今では、こうして何事も無かったかのように組んで裏稼業に勤しみ、同じ社会の底辺に居る。奇異な縁だ。
「不思議なもんですね、相方の人とはとくに仲が良かったわけじゃないんでしょう?なのに今では、仕事仲間だ。人の縁って分からないもんですね…切れたと思えば、思わぬ所で遭遇したり。」
チンピラは黙ってハンドルと握り、じっと前を見ている。何かを考えている様に見えた。
――しまった。と慶喜は思った。考える隙を与えてはならない、これから向かう未来に疑問を持たせてはならないというのに。
「俺は、よ…」
チンピラがぽつりと喋り始め、沈黙が壊れた。慶喜はその一言にドキリとしながらも、何も言わずに先を聞く姿勢をとる。
「これでも地元に居た頃は優等生だったんだぜ。家が地元の名士ってやつだったし…あいつとは別の世界の人間だった。まさかこうして組んで仕事するようになるとは、あの頃は思いも及ばなかった…ホント奇妙な縁だ。」
地元の裕福な名士の息子、優等生…そんな彼がなぜこんな社会の底辺に至ったのか気になったが、慶喜は聞いて良いものかどうか分からずにいた。
「地元にも悪い奴はいた。半グレって言うんだろうな。俺はそいつらとは別の人間だと、その頃ずっとそう思っていたよ。
馬鹿みたいだよな、人生なんて何かの拍子に、簡単に転げ落ちるもんなんだよな。」
慶喜は自分の人生を思い返していた。彼もまた、裕福とまではいかずとも余裕のある、普通と称されるような家で虐待も受けず生まれ育ち、そこそこ良い大学を出て、そこそこ良い企業に就職し、そこそこの成績をあげていた普通の社会人だった。
それが今では犯罪に手を染めるようになっている。社会人としての地位も無いに等しい。
あの曲に出会った事で、慶喜の人生はガラリと変わった。
しかし後悔はしていない、現在の彼にとってはあの曲だけが全てだった。あの曲に出会えた事に比べれば、失ったものなど少しも惜しくはないと言い切れる。
「後悔していますか?今の人生を。」
そう尋ねられ、チンピラは少し息を飲むような素振りになった。
「それは…」
言いよどむチンピラに対し、慶喜は続けた。
「相方の人を見つけたら、後悔の無い人生を生きられる。これだけは確実に言えます。」
このチンピラも、あの曲を聴けば良いのだ。そうすれば、あの曲が自分の全てになれば、あの曲のためだけに生きる人生を喜々として生きる事ができる。慶喜はそれを確信していた。
チンピラの喉の鳴る音がした。前を見る彼の目に、希望の光が宿った。そんな風に見えた。
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