収奪
「おい!何か言え!おい?!…」
チンピラはスマホに向かって怒鳴り散らしていたが、向こうが一方的に通話を切ったのか、しばらくすると片手に持ったスマホを眺めながら呆然としている。
「…何があったんですか?」
慶喜が恐る恐る尋ねると、チンピラは鬼の形相で駆け寄り、慶喜の胸ぐらをつかんで引き上げた。
「てめえ…一体何を隠していた?!」
胸ぐらをつかまれ、前後にゆすられた慶喜は息苦しさと恐怖で混乱する。
恐怖——それはもちろん、あのCDに何かあったのではという意味で。
「し…あのCDに…何かあったのですか?」
「CD!そうだ…あれに何を隠してやがった?!」
慶喜はピンときた。慶喜の家に向かったチンピラは、自宅で気紛れにプレイヤーにかけ、曲をその場で聴いてしまったのだ。
そして曲の虜になった。あのCDを持って遁走したのだろう。
――取り戻さなければ、CDを…
しかし正直に伝えたとして、目の前のチンピラは相方の捜索に手を貸す事は無いだろう。
きっと面倒くさくなり、手っ取り早くさっさと大金を得ようとして、慶喜たちをバラすに違いない。
「…シャブ(覚せい剤)の隠し場所です。」
悩んだあげく、慶喜はそう答えた。
「シャブ?!何でお前、そんなもん持ってんだ?!」
驚いた拍子に、チンピラの手が慶喜から離れた。解放され、埃っぽい空気を胸いっぱいに吸い込み、慶喜は思わず咳き込む。咳きをしながらも、相手が食い付いた事をチャンスと見て、話を続けた。
「み、見つけたんです…俺、廃墟マニアなんですけど…どこだったかもう忘れちゃったんですが、ある日廃墟に行った時に見つけて…でもさばき方がよく分からないから、とりあえず隠しておいたんです。」
「量は?!どれくらいある?!」
「だいたいの量を量りましたが、千キロちょっと…」
「千キロ…」
チンピラの目は、もう慶喜を見ていない。彼の目には札束の山が浮かんでいるのだろう。
淀んでいた目がキラキラと輝きを放ち、半開きの口から「最低でも五百億…質の良いものなら三千億…」とうわ言のように独り言を垂れ流していた。
「でも…隠したまま、ずっと見ていなかったから、俺自身も隠し場所を忘れてしまっていて…だから、あなたの相方に隠し場所を描いた図面を取りに行ってもらったんです。それで勘弁してもらおうと思って…」
慶喜が申し訳なさそうにそう言うと、チンピラはようやく現実に引き戻されたように、目を丸くして驚愕の表情を浮かべた。
「そ、そんな…何とか思い出せないのか?!」
慶喜の肩を掴み、揺すりながら、切実に訴えるチンピラに慶喜は「探しましょう、相方を。その人、図面を持って逃げたんですよね?!」と訴えかける。
「図面はちょっと見ただけでは分からない作りになっています、なので相方の人はきっとどこか落ち着ける場所に持ち込んで、じっくり考えようとしているはず。
あの人が行きそうな場所に、心当たりはありますか?!」
チンピラの気が変わらぬよう、疑問をさし挟む余裕を与えぬため、慶喜は立て続けに喋り、質問した。
「あ、ああ…そうだ…あいつが行きそうな場所…実家…とりあえず地元の実家だ…」
金に目のくらんだチンピラは、目を泳がせながら懸命に相方の居所を考えそう言った。
「行きましょう!早く行かないと取られちまう!」
五百億だか三千億だか知らないが、ありもしない金を相方に先を越され奪われる、そう言って急かされ、チンピラは白黒させていた目を急にシャキッとさせた。
「ああ、早く…早くいかねぇと…!」
眠りこける英二を置き去りに、二人は廃墟を駆け出て車に乗り込み走り出した。
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