抵抗

――何とかして、この危機を乗り越えなければ。俺はこんな所でくたばるわけにいかない…そうだ、あの素晴らしいコンサートをもう一度実現させるまでは…!

そうだ!


慶喜は閃いた。


――あの曲だ、あの素晴らしい曲を聴けば、こいつら二人も分かってくれるはず…俺を見逃すどころか、協力すらしてくれる可能性だってあるぞ!


「お願いです、俺たちを殺す前に一つだけ願いを聞いてください!CDを…CDを聴いてくれるだけで良いんです!」


膝を立て、後ろ手に縛られた姿で必死に懇願する慶喜を前に、二人のチンピラは目を丸くし、怪訝な顔をした。


「CDを聴いてくれ、だと…?」


「何言ってんだ、こいつは。時間稼ぎするにしても、もうちょっとマシな事を考えろよ。」


「時間稼ぎじゃない!本当に、あの曲は素晴らしいんだ!」


慶喜は思わず声を大にして、主張した。


「あの曲を聴けば、あなたたちも考えが変わる、絶対に変わる、いや人生何もかもが変わるぞ!だから聴いてくれ、頼む、一度で良い。逃げ出したりしないから!」


慶喜の熱弁する姿に興味を惹かれたのか、二人は顔を見合わせ、少し考える様子になった後、頷いた。


「で、そのCDはお前の家にあるのか?」


聞かれた慶喜は頷き、住所を教えた。


「CDはプレイヤーの上に、ケースに入れて置いてある。壊さないよう、大事に扱ってくれよ?」


そう言った、慶喜の言葉は本心だ。音源のみでは満たされなくなったとはいえ、禁断症状を緩和するための大切なアイテムである事は変わらない。

本当は、このような粗野な連中の手に触れさせたくない。しかし、背に腹は代えられなかった。この窮地を脱しなければ、あの素晴らしい感動を再体験する事は叶わないのだ。


それに、あの名曲を耳にすれば、こいつら二人も良い方へ変わってくれるかもしれない。

そうだ、これまでは金のためだけに犯罪に手を染めていた彼らが、今度は素晴らしいコンサートを開くために罪を犯すようになってくれるかもしれないのだ。


彼らは拉致などの犯罪にも長けているだろう。消えても誰も気にしない、そんな人間を何人も知っている可能性もある。

味方になれば、心強い。


チンピラの一人が慶喜の家へ向かっている間、慶喜と英二はもう一人のチンピラに見張られながら、月明かりに照らされた薄暗い廃墟の中、大人しく拘束されている。

英二は気を失ったまま、動かない。まさか死んだのか、と思ったが、微かな息遣いと胸がゆっくり上下しているのを見て、気を失ったまま眠ってしまったらしいと判断した。

こんな状況でぐっすり眠れるなんて、良い性格をしている。


カチッという音がして、煙草の臭いがした。見張りのチンピラの顔は影になっており、表情が分からない。彼の顔のすぐ側で、煙草の穂先が小さな灯りになって見えた。


「一本、いただけませんか?」と慶喜が声をかけると、チンピラは一瞬動きを止めたが、間もなく側に近寄り煙草を慶喜の口に差し入れ、火を点けた。


あの曲に出会ってから、慶喜は煙草をやっていない。必要無くなったのだ。

しかし、曲を聴かない状態がもう十時間以上経つ。何かで気を紛らわしたくなったのか、久しぶりに欲しくなったのだ。


深く吸うと、何か月ぶりになるか知れないニコチンが体中に染みて、眩暈がし、体全体が怠くなった。


煙草をくれたチンピラの顔を見ると、情を感じさせない乾いた目付きで、爬虫類を思わせる。相変わらず感情は読めなかった。


「遅いな。」


元の位置に戻ったチンピラが、そう呟いた。ポケットから何かを取り出し、操作し始める。おそらくスマホだろう。


「おい、何やってるんだ?遅すぎるぞ。…は?何言ってんだ、お前…とにかく戻って来い。」


慶喜の家へ向かった相方に、電話をかけたのだろう。

側で聞いていて、慶喜は不安になった。相方が何を言ったのか分からないが、何かトラブルが起きたらしい。


――あのCDは無事なのだろうか?






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