珍事

金曜日の夜、慶喜と英二はレンタカーを借りて、老婆ターゲットの家へ向かった。

レンタカーは、ホームレスから買った別名義で借りたものだ。

老婆の家の隣にある、コインパーキングに車を停めると、二人は普通を体現したかのような服装から、黒の上下に着替え、キャップとサングラス、マスクを装着した。


「この時間帯に、あの婆ちゃんを訪ねて来る奴は、まずいないんだよな?」


人の全く通らない、ターゲットの家の前にある道路を睨みながら、慶喜が尋ねる。


「ああ、少なくとも俺がストーカーしている間は、午後七時を過ぎてから訪ねて来る奴はいなかった…宅急便くらいだな。」


英二が自信たっぷりに答えた。


「今夜、宅急便が無い事を願おう。」


そう言って、慶喜は外したサングラスのレンズを拭いた。マスクをすると、どうしてもレンズが曇りがちになる。


「なに、もし鉢合わせたら、その運送屋も攫ってしまえば良いだろう。」


「何言ってんだ、運送屋だぞ、婆ちゃんを攫うのとはわけが違う。力だって桁違いに強いだろうし、簡単にいくかよ。」


「そう思って、これを持って来たんだよ。」


言いながら英二が取り出したスプレー缶のようなもの、そこにはbodyguardと明記されている。


「防犯スプレーか…なるほど、これを使えば力に差があっても、何とかなりそうだな。」


「これかけて、のたうち回ってるところに蹴り入れまくって気絶させるんだよ。」


喜々としながら言う英二に頷きながら、慶喜は腕時計と車の外を見た。



「そろそろ行くか。」


「そうだな、この辺りは七時を過ぎた辺りから人通りが殆ど無くなる。」


二人は車を降り、周囲を見回しながら老婆の家に近寄る。


慶喜がインターフォンの前に立ち、英二は隅に隠れる形になった。

インターフォンを押すと、しばらくして老婆の声がした。


「宅急便ですー」


元気良くそう言うと、家の中から足音が近づいてガラリと引き戸が開き、どこにでも居そうな小柄な老婆が顔を出した。


慶喜は身を乗り出し、老婆を押しのけ中に入った。隠れていた英二も後に続き、自分が入った所で玄関の鍵を閉めた。


慶喜がナイフを取り出し、恐喝しようとしたその時、鼻と上顎に鋭い痛みが走り、目の前が一瞬、真っ暗になった。

視界が開かれる間も無く、鳩尾に鈍痛を感じ、うずくまってしまう。更に背中に激痛を感じて倒れ込んだ。


視界の端で、英二がもたつきながら鞄から何かを取り出そうとしている。きっと防犯スプレーだ。

しかし次の瞬間、慶喜は信じられない光景を目の当たりにする。


老婆の素早い回し蹴りで、英二は顔面が吹っ飛んだように倒れこんだ。

スカート姿の老婆の足が丸見えになったのだが、それは老婆とは思えぬ程筋肉が隆々としている。


「うそぉ――――――…」


吹っ飛ばされて、壁にぶち当たり、ズルズルと頽れる英二を見ながら、慶喜は鼻血を垂らしてそう呟くのが精いっぱいだった。針のような歯が折れ、口内に刺さって痛い。


そして後頭部に激痛が走り、目の前が再び真っ暗になった。











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