犯罪者たち
提案
「それで、その婆ちゃん家には一千万くらいあるんだな?」
慶喜はシェーキをすすると、そう言った。
平日のファーストフード店、時間も食事時をずらしているせいか、客の入りは多くない。
慶喜と英二はその、空いた店内でも最も人目につかなさそうな席に陣取り向き合っている。
慶喜はあれから毎日風呂に入り、洗濯した服を着て、歯を磨き、歯科医で治療も受け、身だしなみを整えるようになった。
極端に不潔にしていると、目立つからだ。これからやる事を考えると、なるべく周囲と同化し、目立たぬよう心掛けねばならない。
「ああ。それから居間に掛け軸があるんだけど、あれ売ったら五百万くらいにはなるらしい。」
英二が小声で、しかしかなり弾んだ調子でそう答える。
英二は慶喜と同じ、二十代半ば。そして、あのCDが奏でる曲とコンサートに魅せられたうちの一人だ。
彼もまた、曲に魅せられて以来、身だしなみに全く気を遣わなくなったのだが、今回の計画のため、身綺麗にしている。
大口を開け、ハンバーガーにかぶりつく英二の口から覗く歯は、慶喜同様針のように細く、自分も同様であるもののよく折れないと慶喜は思う。しかし歯科医で治療したためか、歯茎に腫れは無く、歯垢塗れでもない。
英二も慶喜も、これからの計画について、失敗を恐れる気持ちはあるが、罪悪感は微塵も無かった。
彼らの頭には、あの夜経験したコンサートでの感動、それをもう一度得られる事しか無い。
英二の趣味はストーキングだった。通常よく聞くように、好き嫌いいづれにせよ、関心のある相手をストーキングする、というタイプではなかった。
彼はストーキングという行為が好きなのだった。
そして、彼のその趣味は今回の計画に大いに役立つ。
あのCDに、コンサートに心奪われてから、英二はストーキングにも興味を失っていたし、それは今も変わらない。
それは趣味ではなく、特技となった。再びあのコンサートを実現するため、英二はこの特技を生かす事に決めたのだ。
「あの婆ちゃんは、月水金と習い事に行っている。それ以外でも、近所の人が頻繁に訪ねて来たりするし、平日は外した方が良いな。土日は、離れて暮らしている娘夫婦が子供連れてよく来るんだが…」
英二はハンバーガーを飲み込み、アイスコーヒーをストローで吸い上げながら言った。
「なんだそりゃ、全然強盗するのに向かないじゃないか。」
呆れた顔でそう言う慶喜に、英二は片手を出して
「まあ、待て」
アイスコーヒーに刺したストローから口を離し、英二は話し始めた。
「土日は近所の住人も、誰も訪ねて来ないんだ。そして三日後、娘夫婦は海外旅行へ行くらしいから、しばらく来なくなる。土日が狙い目って事だ。」
「なるほど…ところでその婆ちゃん、宅配ボックスは設置しているのか?」
「無いよ。」
英二は不敵に笑って、そう言った。
「金曜の夜が良いな。習い事は昼間で終わるだろう?」
餡の入ったパイを齧りながら、慶喜は言った。
「ああ、もちろん。そうだな、発覚するのは遅い方が良い。」
ファーストフード店を出た二人は、まっすぐターゲーットである老婆の家へ向かった。
老婆の家は田舎と都会の真ん中くらいの所にある。近くに田んぼや畑が見えるが、それほど広大に続いているわけではない。おそらく商売でやっているのではなく、個人が自分や親類用に作っていると思われる、それくらいの規模だ。
少し歩けば、弁当屋のチェーン店やドラッグストアなんかもあった。
老婆の家は一階建てのそこそこ立派な日本式家屋で、小さな庭もあり、外から見てもしっかり手入れされているのが分かる。いかにも小金を持っていそうだった。
家の前と右側には道路が、後方は空き家で、左側はコインパーキング。慶喜たちにとっての立地条件は、最高だ。
あまり辺りをうろついていると、怪しまれる。二人は下見をこれくらいにとどめ、帰っていった。
これまで着た事の無い、黒の上下を適当にドンキホーテで購入し、サングラスとニット帽を付ける事にした。あとはどこにでもある、使い捨てマスクを装着すれば良い。
老婆は生け捕りにするつもりで、彼女は二度と戻ってこれない。なので顔を見られても構わないのだが、通りすがりの目撃者などとの遭遇に備え、一応は隠す事にした。
準備を終えると、慶喜は浴室へ向かう。本当は今すぐにでもCDをかけて、あの曲に聴き浸りたい。しかし一度聴き始めてしまうと時間を忘れ、風呂で体を洗う事も歯磨きも、食事も取らずにいてしまうのだ。
今は、そのような状態であるわけにいかなかった。なるべく周囲と同化し目立たぬよう過ごさねばならない。そのためには最低限、身だしなみに気を遣わねばならない。
また、いくら相手が老婆とはいえ、計画を実行するためには体を健康にし力をある程度つけておかねばならないから、食事もなるべくしっかりと取らねばならない。
風呂で体を洗った後、洗濯した寝間着を着た慶喜はカロリーメイトを食べ、野菜ジュースを流し込むと、ベッドに潜り睡眠を取る。
健康な体を保つためには、睡眠が欠かせないからだ。
CDなら明日、職場で就業までずっと聴いていられる、そう自分に言い聞かせながら慶喜は眠りについた。
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