序章(4)・手記(2)

私は歩き、ついたのは小さな家でした。…家、よりは建物……?かもしれませんが、とにかく、ここが彼らの拠点のようです。

「じゃーん!ここが僕たちの拠点『竜胆りんどう』です!」

望月さんが嬉しそうに手を広げて言いました。それだけこのチーム__竜胆が、居場所のいい所なのでしょう。

「……あの、あなたたちは、何をしている人たちなんですか?」

私は勇気を出して言いました。今更ながら、私は彼らが何をしている人間なのか、知らなかったのです。それでも彼らについてきたのは___。

「簡単に言えば、警察のお隣さんだ」

楪さんがそう言ってコーヒーを淹れ始めました。私は言葉の意味がよくわからず、首を傾げます。

「警察が手に負えない任務をやることが多いな。お前みたいな才を使って人を殺すような奴の逮捕やら処罰やらは俺らがやるのが基本だ」

「楪。この子の罪はないわ」

御門さんが私の肩をポンと叩きますと、天海さんを呼びました。

「結乃の才で、アンタが人を殺した記憶や証拠を消す」

そう続けて言った御門さんは、ぺちっと手を叩きました。天海さんがすうっと息を大きく吸い込みます。

「笑え」

今までとは比べ物にならないほど低く重圧で、それでもどこかに優しさを混ぜ込んだ、そんな不思議な声でした。私は驚きで固まってしまいます。

「…うん、もーだいじょーぶ!」

いつも通りの天海さんに戻りました。私は訳がわからず困惑したまま硬直しました。

「結乃の才も興味深いものだ。記憶を見るだけの才のはずなのに、証拠も記憶も消せるだなんて。……楪、君コーヒー淹れるの下手っぴだね」

水無瀬さんがケラケラ笑いながら言いました。当然楪さんは怒りに震え、水無瀬さんに殴りかかりましたが、水無瀬さんは華麗に全て避けています。

「アンタ覚えときな。水無瀬は文字通り何にでも引っかかる。木にも網にも電柱にも言葉にも態度にも。注意しなさいな」

御門さんがボソッと言ってくれました。私は呆然としてゆっくりと頷くことしかできませんでした。

「これで今日からは君も竜胆の一員だよ!」

楪さんのパンチを避けながら水無瀬さんは言います。はははと笑っています。見ないでも避けられるものなのか………って、え?

「い、いつ加入すると……!?」

「ゆのが、あなたのをけしたから、そのみかえり!」

「…なるほど……いえ、元から入りたいと思っていたのです。ありがとうございます」

私は深くお辞儀をしました。楪さんは未だに殴るのをやめませんが、これからよろしくなー!と言っていましたので、問題はありませんね。周りの人も皆、よろしく、と声をかけてくれました。

「はぁ………んで、さっきほっぽった任務、コイツに行かせたらどうだ?」

殴るのをやめた楪さんが言いました。そうか、さっきは任務の途中だったのか。それで、私を見つけてこうなった訳か……。

「さすがに1人では行かせられないね………楪、言い出しっぺの法則ってのがあるんですけどもぅ」

水無瀬さんがニヤッと笑いながら言いました。楪さんはまた怒りに震えている様子です。この2人、こんなに衝突するんだ……。

「…いいよ、アタシが行く」

御門さんが立ち上がりました。

「ええっでも今回の任務は楪さんの才を使ったほうが」

「うるさいわね伊吹ィ!」

「ぎゃああああああ!ごめんなさい!!!」

私は硬直します。この人たち、なんで警察のお隣さんみたいな仕事ができるの……!?

「ほら、杏。行くわよ」

望月さんをダウンさせた御門さんに、恐怖しながらついていきました。


「今回の任務は、猟奇殺人の犯人を捕まえること。警察から顔写真は貰ったし、この辺にいると話を聞いたから、手分けして探すわよ」

御門さんは街中で止まって言いました。

「こ、ここ…一般人の方もたくさんいますよ…こんなところにいるんですか……?」

「警察の話が頼りにならないって?えぇ?」

「いえっそんなんじゃ!ただ、この中なら人を殺したって混乱の中で逃げられるだろうから、殺しやすいのではと……」

「ふーん…や、人が多いから見つかったら数で捕まってやられる。少し微妙なところね」

「確かにそうですね………」

その時、大きな音がしまして、私の目の前にいた人が音を立てずに倒れたのです。血を流しています。辺りが混乱で大変なことになってしまいました。私も混乱します。怖い、怖い。誰か助けてほしい。私は辺りを見ます。逃げたい。この場から、早く。

「杏は周りの人を逃がしてちょうだい。アタシが犯人を見つける」

御門さんはそう言いますと、消えてしまいました。

「みかど、さん……?」

私は泣きそうになります。助けてほしい。

「あーもうほら、そんな顔しちゃダメ!アンタそれでも竜胆の人間なのかしら?」

御門さんが戻ってきました。私は嬉しくて顔が緩みます。

「いい?アンタが人を逃がさないと、誰が殺されるかわからないわよ。アンタが頼りなの。頼んだわよ。なに、アタシは才『電光石火でんこうせっか』を使って移動してるだけだから、消えてないからね」

御門さんはそう言ってまた姿を消しました。私はまた孤独を感じましたが、私が頼りなのですから、私が動かなくてはなりません。私は大きな声をあげました。

「皆さん、逃げてください!安全な所へ!ここには殺人犯が紛れ込んでいます!」

…しかし、これで一緒に殺人犯に逃げられたら困ります。……私はふと倒れた人の様子を伺いました。まるで爆発されたような傷跡。内臓なのか、ただの肉塊なのか、それとも骨なのか…何かはわかりませんが、人間を形成するものがぐちゃぐちゃになってよく見えました。私は思わず目を背けます。この人だって、何もしていない人だろうに。

…爆発?

それなら、近くより、遠くにいるほうが犯人にとって1番安全なものではないだろうか?私は建物を見上げます。

そこでは、仮面をつけた、人間とは形容しがたい姿をした者が私を見ていました。

「ツギハ、オマエダ」

私は恐怖で立ちすくみます。その者は消えていきました。あれが犯人なのでしょうか?

「杏、大丈夫?犯人はこの辺りにはいなさそうだよ」

御門さんが戻ってきました。

「仮面……上に」

「上?建物の屋上にでもいるの?」

「次は、私」

「へぇ?杏を殺す輩がいる訳?面白いじゃない。アンタの才で全員一撃だものね」

「でも、私の才は人を殺せる……人を殺すなら、そんな才、使いたくないです……」

「優しい子だねえ、アンタ。アンタが得する優しい世界だったら良かったのに」

救急車が到着しました。既に死亡が確認されてしまいました。

「…アンタは先に拠点に戻ってな。アタシ、その仮面を見つけてやるから」

「!ダメ、です……あれは人じゃないです……!」

「そういうのと戦うのが、竜胆なのよ」

御門さんがにっと笑ってみせまして、歩き出しました。その時、私の足元が爆発しました。

「杏!!」

御門さんの声が聞こえます。辺りが煙でよく見えません。

「御門さん。私は大丈夫ですよ」

私は傷1つつけずに、御門さんに笑いかけました。煙が落ち着きました。御門さんが困惑しているのを見て、ああ私、少し賢くなったかな、なんてしょうもないことを思いました。

「私の才を使ったんです」

「この才は整合性を問わない……所謂…不正なのです。こういう時のために書いておいたんですよ。これが私の、才の使い方です」

「はあぁ…アンタ、水無瀬に負けないねぇ」

「…それ、悪口ですか?」

「水無瀬はクソよ。でもアンタは違う」

御門さんはふふっと、目を瞑って言いました。なんだか、数年の絆を見ているようでした。

「…あ、仮面の奴逃がしたねぇ」

そして目をかっと開いて言いました。私はびっくりしまして、焦りながら言います。

「顔が確認できなかったので、猟奇殺人の犯人とは確定じゃないですよ!ほかの事件の関係者かもしれませんし…!」

「それならどちらにせよ、ぶっ潰すしかないわ」

「ヒィッ」

「あはは、怖かったかしら?ごめんねぇ!…さ、見つけるわよ」

そう笑って歩き出しました。私はついていきます。

「…ていうかさ」

そして立ち止まりました。私は少し進んだところでそれに気づき、ふっと振り返って立ち止まりました。

「アンタの才使えば、ノコノコって出てくるのでは?」

「……確かに!」

私は紙にサラサラと書いてみました。

猟奇殺人の犯人が私の前に現れる。

しかし、待ってみても一向に現れません。

「あれぇ、おかしいなぁ……」

私は首を傾げます。

「…ごめん、ちょっと電話出てくるね」

御門さんはそう言いまして、少し離れた所に向かい、電話に出ました。私がなぜだろうかと悩んでいますと、向こうからええっ!と驚く声が聞こえました。

「…杏。アンタ、目の前でやられた人の顔を見たかしら?」

「……ちゃんとは見ていないです…うつ伏せで倒れてましたし、何かが飛び出てるなあくらいしか…見てなかったですけど…どうして…?」

「…どうやら奇跡的に顔は残っていたらしくてね。その顔の写真がこれ」

御門さんは私に、携帯電話に映った1枚の写真を見せてくれました。私はそれを見てギョッとします。それはまさしく、猟奇殺人の犯人でした。例の顔写真と一致していたのです。

「……なぜ…」

「わかんないわねえ。まあ、死なれちゃあ逮捕もできないし、帰るしかないわね。仮面の奴は皆で話し合ってみましょ」

ため息混じりの声を聞いて、私は頷くことしかできませんでした。初任務にしては、どうもパッとしないものでしたし。そうして、私たちは歩き出しました。

「…あの、御門さんて」

「ねえアンタ、アンタくらいはアタシのこと凪って呼んでよ」

「…凪さん!」

「んふふふ!」

凪さんは随分と嬉しそうに笑いました。私もつられて笑います。そして、続けました。

「凪さんって、竜胆に入る前って何していたんですか?」

「そうねぇ……まあ、伊吹や水無瀬と大して変わんないかもしれないわね。面白いのよ、竜胆ってこの街の正義の味方、みたいな感じだけれど、なぜかほとんどの人がのよねぇ」

「!」

「もう時効だと信じて言うけれど、アタシもこの才を使って何度も万引きとかしてた。親に命令されてね……だから私が、才を活かしたいと思って竜胆を設立に導いたわ。…あ、リーダーは伊吹よ。アタシはそういうのやるタチじゃないから」

「……別に、犯罪者更生組織…みたいなものではないんですよね?」

「ええ、たまたま元犯罪者が集まった。でもまあは積極的に仲間にできたらって思ってるよ」

「…それは、私もですか?」

「うーん…杏を加入させたのは水無瀬だからなぁ。何の意図があったのか、アタシにもわからない。普通に、アンタの才が欲しかっただけかもしれないしねえ」

「水無瀬さんてかなり不思議ですよね。全然意図が読めないですし……」

「そうなのよー…頭はキレるんだけれども……」

そう会話をしますと、拠点に戻ってきていました。水無瀬さんが何かの買い物をした帰りのようで、袋を提げて拠点の前にいました。

「お、おかえり」

「ただいまです」

「犯人が別の奴に殺されたわ。警察の方に報告もしたけどこっちでも調査したほうが良いかも、猟奇殺人犯を群衆の中で爆死させる程のヤバい奴よ」

「うわぁ……大変だねぇ」

水無瀬さんは面倒そうな顔をして言いました。そういえば何を買ったのだろうか。私はそうっと袋を覗いてみました。…お菓子ばっかり。

「ああっ見たね!?」

「へ!?ごめんなさっ」

「杏に謝らせるなコノヤロー!」

「えっそれはおかしくないかい!?」

「この子は有り得ないくらいいい子なんだよ!アンタとは大違いなの!」

「御門さぁん?沸点おかしくないかーい!?」

「凪さん、落ち着いてっ」

私がそう言いますと、凪さんはピタリと止まり、ニコリと笑いました。

「…とにかく、杏はアンタとは比べ物にならないくらいいい子だからね」

凪さんはそう言って拠点に入りました。私はふと、さっきの会話を思い出して水無瀬さんに問うてみました。

「あの、水無瀬さんて、悪人だとか…人を殺したことがあるとか…一体、竜胆に入る前何をしていたんですか?」

「気になるかい?」

「はい」

私は目を輝かせて言いました。いいえ、実際輝いていたかなどわかりません。ただ、そうなんじゃないかと思って、そう形容しただけにすぎないのです。水無瀬さんから見たら、死んだ目かもしれませんね。

「そうだなぁ……普通に話しちゃつまらないよね」

「むっ」

「君が私の過去を当てられない限り話さないということで!」

「ええーーっ」

私たちは拠点に入りました。

「おせえなテメェ」

楪さんが椅子に座って書類を整理していました。天海さんは相変わらずお絵描きをしています。

「君のように何も考えずに買い物をするような阿呆じゃないからさ。すまないね」

「俺の買い物は効率が良いんだぜ?お前とは比べ物にならねえ」

「ぷっ、自称だろどーせ……」

「あ"ーっもううるせえなぁ!早く歓迎会やんぞ!」

楪さんがガタッと大きな音を立てて言いました。水無瀬さんはヤレヤレと呟きながら、袋にあったお菓子を机の上に広げました。

「ん!おかし!」

天海さんがいち早く反応しました。天海さんまだ幼いからなぁ…やっぱお菓子好きだよなぁ…!可愛らしい一面を見れて嬉しい限りです。

「歓迎会なんてそんな大袈裟にしなくて良いのに…」

私はふと笑みを零します。

「どうしてですか!僕はこの歓迎会ほど楽しみなものはないんですから!」

望月さんがひょこっと顔を出しました。私は嬉しくなります。

「経費でお菓子を買える機会だからねぇ…」

凪さんが望月さんを冷たい目で見ます。望月さんは笑って誤魔化している様子でした。

「さあ主役よ!乾杯だ!」

水無瀬さんが私にグラスを渡します。そしてりんごジュースを注いでもらいました。

「泉宮さんの竜胆加入に……」

望月さんがそう言いますと、皆がグラスを高く持ち上げて言います。

「乾杯!!」

私はこんなに優しい組織を知りません。たとえメンバーが元犯罪者であっても。

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融合 水まんじゅう @mizumannju

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