序章(3)
うん、面白い感じ!…かな!
僕は布団の中でスマホを見ながらニヤけた。あ、ごめんなさい、僕今ちょっと、オリキャラと推しを絡ませて遊んでたんです。しかし彼女、正体もわからない集団についていってしまった……ああ、これは彼らを信頼している証拠だよ。才についてよく知っていたり、犯人だとわかってもなお、一般人と同じように優しく扱ってくれたと感じたから。
…と、僕は今仕事が忙しすぎて、頭の中で妄想する暇もない。だから、寝る前たまにこうやって前に書いた推しとの絡みを見て精神安定剤にしている。実はもう最新話もいくつか更新されている。この後どうなっているか、見る勇気がない。今見たら、なんか死にそう。だから、平和な皆を見ている。僕が描く推したちは未だに平和な喧嘩をしている。楽しいったらありゃしない。
最近になって、僕は現実逃避が上手だと思うようになった。そうしている間は本当に、自分が現実に存在している感覚すら失う。その世界の中に入り込んで、めり込んで、膠着しているような。多分、思い込みとかが激しい人間だからじゃないか、なんてね。
やっと仕事も一山越えて、あと少し、というところまでやってきた。この山を越えれば、もう今年度の仕事は終わったようなものだ。…それはさすがに言い過ぎかもしれない。今日も夜の闇の中、トボトボと帰宅する。
「ねえそこの君」
僕は誰かに話しかけられた。いや、周りに誰もいないんですけど。また幽霊ですか?もううんざりです……はあ!?まあ幽霊かよ!?
「もう勘弁してくださいーっ!」
「何もしてないだろう?ちょっと助けてほしいのだけれど。上見てくれるかい?」
僕は言われるがまま上を見上げた。
「………何してるんすか。暇人なんすか」
驚きを通り越して、呆れてしまった。人が電柱…というか電線?に引っかかっていたから。引っかかったっていう表現が正しいのかすらわからない。電灯の明かりの上にいるから、暗くて顔まではよく見えないけど、とりあえずヤバい奴なのはわかった。いやマジで、何してんのこの変じ…いや、面白い人だなぁ。
「いや、ちょっと引っかかった。助けて死にそう」
その人は随分呑気な声をあげた。本当に死にそうですか?そう聞いたら、いやそんなことはないって返ってきそうなくらいだった。
「そうですか、ちょっと手伸ばせます?随分高いところに引っかかってしまってますね…」
「手伸ばすの辛い…仕方がない。私が飛び降りるから、君が私を受け止めてくれないだろうか?」
「ええっ大丈夫なんですか?」
「私もただの人間ではないのだよ」
「うん、まあ…そりゃそうでしょうね……こんなところに引っかかるとか…」
「なんせ私は天才だからね」
「そ、そうなんですか?」
「あーもう死ぬ!死ぬから早く助けて!降りるよ?いくよー?」
「えっえちょ待っ」
「えーいっ」
そう言って彼は引っかかった状態からぐるんと一回転してから落ちてきた。僕は叫びながら受け止める。この時ばかりは、重力やら重力加速度やらを恨んだ。一応受け止めることはできたけど、彼は見事に僕を下敷きにしていた。いやまあ、そうなるように受け止めたから仕方ないんだけどさ。つか痛いな…。僕が痛みで動けないでいると、彼はすっと立ち上がった。
「悪かったね。助かったよ。さて、立てるかい?」
そして手を差し伸べた。電灯の明かりで、彼の顔が見えた。
「ほぎぇえええぇああああああああぁあぁぁぁぁあああああ!?」
僕は驚きで後退りしまくってしまった。心臓がバクバクしている。なんで、彼がいるんだ。
「どうしたんだい?私に見覚えがあるようだねえ」
「見覚えもクソもないよ、…水無瀬さん。あんた、なんでこっちにいる?」
僕の最推し。2次元にいる彼が、なぜこちら側にいる?
「あ、そうかこれ夢か。ちょっとほっぺ引っ張ってくんない?」
僕は気が動転して、彼に頬を突き出した。彼は笑いながらぐっとつねる。
「いだだだだだ!!いってぇ………!」
「夢じゃないね!」
「……なんで、次元を越えるなんて不可能だろ!?僕たちオタクが何度夢見たことか…」
「私の才『
「あんたの才は次元まで越えられるのか……って、あんた別次元の世界の存在まで知っていたのか?」
「泉宮杏が全て教えてくれた」
僕はその言葉にドキンとなった。自分のオリキャラの名前を、自分の子供の名前を、最推しが呼んでる……ッ!?
「君は泉宮杏を知っているね?」
「…もちろん」
「ああ良かった!私は君に会いに来たんだ。泉宮杏についてのお願いがあってね」
最推しに……僕は何を言われているんだ!?僕は未だに夢だと思ってしまっている。
「…なんだ?」
「泉宮杏が存在しているというデータを全て消してほしい」
「!?」
「君は魔王の才を知っているだろう?人を操れるようになる才……。杏が、魔王の手下に連れ去られたのだ」
「……嘘だ…」
「本当さ。それに私が所属する集団には、魔王に仕えていた経験を持つ者がいる。その人が言うのだよ。魔王軍に連れ去られた人間を取り戻すのは不可能に近いとね」
「………」
「君も杏の才の強さ、異常さに気づいているのだろう?魔王の手に彼女が渡り、洗脳され世界を破滅させるようにあのペンで書いてしまえば、この世界はそのまま滅亡する。犠牲を最小に抑えてこの事態を避けるためには、杏の存在そのものを消すしかない。そう、彼女の存在は消すことができる。なぜなら君に生み出された人間だからだ」
「……嫌だ」
「この選択がとても辛いものであることくらい、私たちも理解している。無情なことを言っているかもしれないが、これでも私は彼女と長い時間を過ごした。彼女と仲間として戦った。だからこそ、私はこの選択を選んでもらいたい。彼女を救う方法を思いつけない私への恨みとしてもね」
「…水無瀬さん。聞きますけど」
「なんだい?」
「他に選択肢は残っているでしょう?」
「…どうかな」
「……子を殺せと言われて素直に殺せる親はいないんですよ。それに、あんたは原作に存在しない泉宮杏という人間を知っている……あんた、何か隠してるな?あんたは才を2種類持っているという発言があったのにも関わらず、僕が読んだ所まで1度も2種類目の才を発動させていない。…そういうことなんだろう?」
「ふふ、残念だね。私はもう何度も2種類目の才を使っている。…ではここで問題。なぜ私は泉宮杏を知っているでしょう?」
「………。……?」
「まだわからないのかい?」
「…わからないです」
「……理由は簡単だ。君も才能者なのだよ。才が存在しない、才能を持った者も存在しない、この凡人だけの世界での、ね」
「!」
「さて、君に選択肢がまだ残っているとバレてしまったし、もう1つだけ残っている選択肢を教えてあげよう。それは君が私たちの世界に行って彼女を救うというものだ」
「え、そんなんどうやって」
「阿呆、君も才能者だ」
「…でも……」
「おや、君2次元の世界に興味はないの」
「興味しかありません!!」
「……では、行こうか。準備はいいかい?」
「え」
僕は、水無瀬さんを掴んだまま、光に包まれていった。
「才『天地開闢』!」
僕が目を瞑っていると、気づけば光は弱くなり、ゆっくりと目を開ける。そこには、僕が何度夢見たかわからない世界が広がっていた。
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