6.毒島巌72歳④

「さぁ、それでは早速毒島巌さんのプロフィールムービーを放送します! 毒島さんの生い立ちや生き様を見て、皆様冷静に認定か否かをご投票下さい!」


 北山アナウンサーが朗々と番組を進行していく。そうして、全国に毒島巌のプロフィールムービーが流された。佐伯と相川が渾身の力を込めて制作した力作だ。


***


 毒島巌は、東北地方の農家に生まれた三男二女の次男だった。家は裕福とは言えず、幼いころから牛乳配達や新聞配達をして働き、もちろん家業である農家の手伝いもしていた。


 中学卒業後上京し印刷会社に就職。若い頃から偏屈で頑固だったので、度々職場で揉め事を起こしては転職を繰り返した。


 三十歳で二歳年下の冨美子とみこと結婚。一男一女に恵まれた。毒島は子供たちを厳しくしつけた。昔から口うるさい毒島に対して子供達は段々と辟易していき、大学卒業と共に実家を後にして、ほとんど帰省はしない状況であった。


 十年前に冨美子が心不全で死去後、毒島の生活は荒れて行った。朝から酒を飲み、部屋の掃除もせず、身だしなみも必要最低限しか整えない、セルフネグレクトの状態であった。食事はコンビニかスーパーの総菜で、たまに外食をして好物のハンバーグを食べる事が唯一の楽しみだった。


 そんな生活の中で、毒島は人知れず孤独感に苛まれていた。その寂しさを紛らわせるように、毒島は朝から酒を飲んだ。浴びるように飲んだ。しかし、それでは孤独感を埋める事は出来ず、人の気配を求めてコンビニやスーパーにもよく足を運んだ。そして、行く先々の店で店員に対してクレームを吐いたり、いちゃもんを付けてはトラブルを起こしていた。それというのも、毒島は誰かと話したかったのだ。不器用な毒島は、その手段として店員に難癖をつける事しか出来なかったのだ。


 毒島は、日々の孤独感を埋める術を何一つとして知らなかった。定年前までは、仕事に打ち込んでいれば家族も社会も認めてくれた。だから趣味など持たなかった。


 しかし、定年を迎えて妻にも先立たれ、孤独な老人はますます孤独になって行った。


 かつての同僚達からの連絡は無く、子供達も実家に寄りつかないどころか連絡も寄越さない。亡き妻から聞いた話では、孫が数名生まれたらしいが、毒島には見せに来ようともしない。


 どこでどう歯車が狂ってしまったのか。毒島が子供達に口うるさくするのも、子供達が社会に出て困らないようにしつけるためだった。決して憎かったからではない。


 しかし、毒島の生き方は、結果としてこうやって老害として告発されるに至るものになった。


***


 ここで、プロフィールムービーは終わった。


 毒島は厳しい顔をして自分の人生が描かれた映像を見ていた。佐伯と相川も、お菓子を食べる手を止めて見守っていた。ふたりの間には少しずつ緊張感が生まれてきていた。こうして映像が流れている間にも、投票は進んでいくのだからそれも当然である。


「先輩……俺たちの作った映像が全国放送で流れたっす」

「今言う感想それぇ!?」

「あ、いや……その……我ながら良く出来てるなって。この映像を見たら少しは毒島さんに同情しますよね?」

「それは私も思うわ。孤独な老人の心理に迫った映像だもの。これを見て「じゃぁ死刑で」とはなかなかならないわよ。なったとしたらそれはその人が鬼畜生だわ」

「鬼畜生……先輩言いますね」

「あら、知らなかった? 私、口が悪いの」

「そんな所も可愛いっすよ」

「ふざけないの」

「はい、すいません」


 そしてふたりは現在の投票結果に目をやった。そこには、驚愕すべき数字が映し出されていた。

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