5.毒島巌72歳③

「第一回老害対策法審判の日がやって来ました! 老害対策法で告発された初めての老人、毒島巌さんは死刑となるか、それとも無罪放免となるか。それは全て視聴者の、いや、国民の皆様の判断で決まります! 今宵、一人の老人の運命が決まるのです!」


 国営放送ならではの堅苦しさがある、センスが良いとは言えないスタジオセットの中、司会の男性アナウンサーは意気揚々と番組の開始を宣言した。鼻の頭に大きな黒子ほくろのある特徴的な顔をしているアナウンサーは、名前を北山慎二と言った。


 投票のバイアスにならないように、コメンテーターは用意されていない。司会の北山アナウンサーと、告発された本人と、閲覧を希望した家族のみで番組は進行する。もちろん、死刑と認定された場合に銃殺を執行する、国から派遣された銃撃手はいるし、国の老害対策法執行チームの面々も控えていた。


 毒島巌の場合、妻は十年前に病死し、二人の子供は遠くへ引っ越し父とは関わり合いになりたくないという理由で、閲覧者はゼロだった。


 ここに、地方公務員である佐伯と相川は呼ばれていなかった。彼らは、あくまでも実地の作業をするための要員で、重要な局面で立ち合いをする立場ではなかった。毒島巌に対して詳細なインタビューをし、プロフィールムービーを作り上げた功績はある。だが、それだけだ。


 佐伯と相川は市役所でこの審判の様子を見守っていた。審判の開始は午後七時から。市役所の通常業務は終わっていて退勤する時間だったが、どうしても二人は揃ってこの審判を見届けたかった。


「どうなりますかね、あずさ先輩……」

「毒島さん、上手く立ち回ってくれると良いんだけど……」

「まさかこの場で政策批判なんてしないっすよね? 毒島さんって話せばけっこういい人なのに、政府に対して批判的な発言を堂々としているからなぁ」

「しないといいんだけど……。少しでも視聴者の好感度を上げたいわよね」

「出来るかなぁ、それ。あのおじいさんに」

「やってもらわなくちゃ困るのよ! 死刑になっちゃうでしょ!」

「でも、毒島さんってですかね?」

「何でよ?」

「だって、あの家の中見たでしょう。ぐちゃぐちゃにゴミが散らばってて、そんな中で強い酒をストレートで煽ってるんですよ。それも真昼間から。それって、もう自分の人生どうなってもいいって思ってるって事じゃないっすかね?」

「そ、それを言っちゃぁお終いでしょ……」

「すいません、失言でした」


 佐伯と相川は、この時は知らなかったのだ。国民の中にあるどす黒い欲望を。性善説を信じ、人は人を易々とは殺せないと信じていたからだ。


 だからこそ、このふたりは呑気にお菓子を食べ、ジュースを飲みながらこの審判を見守っていた。自分たちが作った映像が全国に流れる事に、少しの興奮すら覚えていた。


 インタビューを通じてふれあい、心を通わせたと思っている毒島老人が死刑になるなどとは到底思えなかったし思いたくもなかった。


 だからこそふたりは緊張感に欠けていたのだ。それはとても愚かな事だったと、後に知る事になる。

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