7.毒島巌72歳⑤

 佐伯と相川は画面で数字を確認して驚愕した。何故なら、認定が優勢だったからだ。


「先輩、このプロフィールムービーの内容で何が問題だったんでしょうか?」

「分からないわよそんなの! あああ、毒島さんこの後上手くしゃべれるかしら!?」

「俺たちが現地へ行って助太刀出来たら良かったのにな……」

「市役所職員は立ち入り禁止なんだもの、仕方ないわよ」

「どうにかしてあげたい、本当に……」


 そうふたりが懸念している間にも、審判は進んでいく。


 北山アナウンサーが相も変わらずに朗々と番組を進行していく。


「さぁ、視聴者の皆様、プロフィールムービーを見て何を感じ取られたでしょうか? 今の投票状態は認定六十三パーセント、否が三十七パーセントです。今から三十分間毒島巌さんの釈明時間が設けられます。その間にも投票が出来ますので、どうか清き一票をお願いいたします! それでは毒島さん、釈明をどうぞ!」


 毒島巌は、カメラを睨みつけ、大股で登壇し、腕を組んで仁王立ちと言った姿勢の太々しい態度で壇上に現れた。まるで結果がどうであれ何も構わないという態度だ。


「あー、毒島だ。俺はな、今日死刑になっても何にも後悔はねぇ。嫁も死んだ。子供たちは実家に帰って来ねぇ。生きている目標も何も無い。だからな、今日銃で殺されるってんなら、それで別に構わねぇ」


 アナウンサーは面食らったように毒島を見た。が、当の毒島は飄々として言葉を続ける。


「こんなくだらねぇ法律は今すぐ無くなるべきだ。俺たち老人が必死に働いて来たから今の若い奴は安穏に暮らせてるんだ。少しは老人に敬意を持ったらどうなんだ、あぁ?」


 市役所のテレビで審判の様子を見ていた佐伯と相川は、顔を見合わせて困惑していた。


「あずさ先輩、まずいっすよー。毒島さん助かろうって気が全然無いじゃないっすかー」

「そうね……これじゃまるで視聴者を挑発しているわ」


 相川は腕を組んで眉間に皺を寄せている。


「毒島さん……死にたかったのかしら?」

「えー、それじゃ俺たちが必死こいて動画作った意味って何すか!? でも、毒島さんはやっぱりじゃなかったっすね」

「変な所で佐伯君の読みが当たったわよね」

「本人がこんな調子じゃ、もうどうにもならないっすよ」

「どうにもならないって言っても……何とか助かる術は無いのかしら?」

「何せ前例が無い審判っすからね。行政でもこの件に関わるのが僕たちが初なんですから、どこにも助けを求められない!」

「あああ、どうしよう……」


 その間にも投票は進み、釈明時間が十分経過した時点で、賛成七十パーセント、否が三十パーセントという数字だった。


「殺したきゃ殺せよ、あぁ!? クソ政府よ! 大豆生田おおまみゅうだ! 俺を殺れ!! お前は俺ら老人を殺したいんだろ? だったら俺たちを皆殺しにでもすればいいだろう!? なのにこんなくだらねぇの場を用意しやがって。最後は俺らを見世物にして楽しもうっていう魂胆か! あぁ!?」


 毒島の挑発は止まらない。その後の時間も、毒島は政府批判をする事に終始した。自分が助かるための弁明も言い訳もせずに、ただ、政府の批判をしていたのだった。


 その間にも投票は進む。挑発的な態度を取り続ける毒島に対して、視聴者も容赦なかった。どんどん賛成の割合が高くなっていく……。


 佐伯と相川は顔を見合わせて溜息を付いていた。


「社会に取り残された老人の孤独は、死をも怖くなくさせるものなのね。佐伯君、君は良く頑張ったよ……。どういう結果になっても、さ。私たちは精いっぱいやったと思うよ」

「あずさ先輩……。俺、こんなの平常心で見ていられないっす……」

「私だってそうよ……あの毒島さんがこのままじゃ死んじゃうのよ……」

「審判で生き残ったら、一緒に乾杯しようって言ってたのにな……」

「毒島さん……」


 相川は目に涙を浮かべていた。佐伯はそっと相川の頭を自分の肩に抱き寄せた。


「何よ……こんな時に優しくしないでよ」

「こんな時に、横で泣いている人を放っておけるほど、僕は冷血漢じゃないです」

「何よ……何よ……」


 相川の言葉は嗚咽で何を言っているのか聞き取れなかった。そんな相川を、佐伯はただそっと抱き寄せてやる事しか出来なかった。


 そして、結果が発表される時がやって来た。

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