第1章 ウサギ穴を落っこちて その3
アリスはぜんぜん怪我をしていなかったので、すぐに跳ね起きた。見上げると、頭上は暗闇に覆われていた。目の前にはまた長い通路があり、白ウサギがまだそこにいて、慌てて通路に入ろうとしているところだった。一刻の猶予もない。アリスは風のように走り出し、ウサギが角を曲がるときに「おお、僕の耳よ、ひげよ、すっかり遅れちまったよ!」と言うのがぎりぎり耳に入った。アリスはウサギのすぐ後ろまで追いついたけど、角を曲がるとウサギの姿はもうそこには無かった。そこは長い長い廊下で、天井からつり下がっている一列のランプに照らされていた。
廊下の至るところにドアがあったけれど、どれも鍵がかかっていた。片側の壁のドアを全部試して、逆側のドアも全部試し終わると、アリスは廊下の真ん中を悲しげに歩きながら、どうやってここから出ればいいんだろうと途方に暮れていた。
するととつぜん、ガラスで出来た小さな三つ足のテーブルが目の前にあった。上に載っているのは小さな金の鍵だけだ。アリスが最初に思ったのは、これで廊下のドアのどれかを開けられるんじゃないかということだった。けれど、あーあ! ドアの鍵穴はどれも大きすぎる、というかこの鍵が小さすぎるかもしれないけれど、いずれにしてもこれではドアは開けられない。でも、ふたたび廊下を探索してみると、さっきは気づかなかった低いカーテンを見つけた。そしてその後ろに高さ15インチくらいの小さなドアがあった。アリスがその鍵穴に小さな金の鍵を差し込んでみると、やったあ! 鍵がぴったりはまったのだ。
ドアを開けると、小さな通路に通じていた。ネズミ穴と大した変わらないくらいの大きさだ。ひざまずいて通路の向こうを見ると、見たこともないような美しい庭園が見えた。この暗い廊下を抜け出して、あの明るい花々のベッドや冷たそうな噴水のあいだを散歩できたらと、アリスはどれほど憧れただろう。でも、その通路には頭を入れることさえできないのだ。「それに頭が入ったとしても」アリスはみじめな気持ちで思った。「肩を置いてけぼりにしたらしょうがないしね。体が望遠鏡みたいに伸び縮みできたらなあ! できそうな気がするけど、やり方がわかんないしなあ」さっきから普通じゃないことばかり起こっているので、できないことなんてほとんどないとアリスは考えるようになっていたのだ。
小さなドアのそばで待っていても意味がなさそうなので、アリスはテーブルのところに戻った。また別の鍵が見つかればいいと少し思っていたし、そうでなくても人間を望遠鏡みたいに伸び縮みさせる方法の本があればいいとも思っていた。でも、今度テーブルの上に載っていたのは小さな瓶だ(「こんなの絶対さっきはなかったよね」とアリスは言った)。瓶の頸のところには紙のラベルが巻き付けてあり、太字で「わたしを飲んで」ときれいに印刷されていた。
「わたしを飲んで」なるほどね。でも、小さなアリスはすぐにそれに従ったりしない、賢い女の子だった。「だめよ、まずはちゃんと見ないとね」アリスは言った。「‘毒’とか書いてないか、ちゃんと確かめなきゃ」というのも、アリスがこれまでに読んだ素敵なお話の中では、真っ赤に熱せられた火かき棒を持っていると火傷するとか、ナイフで指を深く切ると血が出るものだとか、そういう簡単なルールを友だちに教えてもらったのにそれを忘れていたばかりに、焼け死んだり、獣に食べられたり、悲惨な目に遭う子どもたちのエピソードが出てきたからだ。アリスが決して忘れていなかったのは、「毒」と書いてある瓶の中身を飲んだら、遅かれ早かれ、飲んだ人に都合の悪いことが起きるのはほぼ確実だということだ。
でも、瓶には「毒」と書いてなかった。それで思いきって舐めてみると、とてもすばらしい味がした(実際にどんな感じだったかっていういと、チェリー・タルト、カスタードソース、パイナップル、ロースト・ターキー、キャラメル、それにバタートーストを混ぜ合わせたような香りがした)。それでアリスは一気に全部飲んでしまったのだ。
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