第1章 ウサギ穴を落っこちて その2

 井戸があんまり深かったのか、それとも落ちるのがあんまりゆっくりだったのか。わからないけどずいぶん長いこと落ちていた。あたりを見回して、はてさてこれからどうなるものやらと考える余裕まであった。とりあえず下の方を見て何があるのか確かめようとしたが、まっ暗で何も見えなかった。次に壁を見ると、そこに戸棚や本棚がいっぱいこしらえられているのに気がついた。そしてあちこちに地図やら絵やらが釘から吊り下げられているのだった。アリスは棚のひとつを通り過ぎるときに、そこから瓶をひとつ取り出した。「オレンジ・マーマレード」と書かれていたが、残念なことに、中身は空っぽだった。捨てようかとも思ったけど、落としたら下にいる人に当たって死んじゃうかもなと思ったので、アリスはまた別の戸棚を通り過ぎるときにがんばってそこに瓶を置いた。


「やれやれ!」アリスは思った。「これだけ落っこちたんだから、これからは階段を転がり落ちるなんてもうへっちゃらだよね。家に戻ったら、みんなあたしのこと勇敢な子だって思うだろうな。でも言わないでおこう。もし家の屋根から落ちたとしたってね」(うん、言わない方がいいね)


 落っこちて、落っこちて、落っこちて。どこまで落ち続けるのだろう? 「これでもう何マイル落っこちたのかな」アリスは声に出して言った。「そろそろ地球の中心あたりに近づいてるはずだよね。ということは、4000マイルも落っこちたわけか。そうすると――(おわかりだと思うけど、アリスはこういうことを学校で習ったのだ。とはいえ誰も聞いてくれる人がいないのだから、復習にはなったけど、勉強したことを自慢するのによいタイミングとは言えなかった)――そうね、距離はそれでまちがってない。でも、緯度とか経度はどうなってるんだろう?」(アリスは緯度とか経度のことは知らなかったけれど、かっこいい言葉だから言ってみたかったのだ)


 やがて、またアリスはしゃべり出した。「このまま落っこちて地球を突き抜けたらどうなるのかな! 頭を下の方に向けて歩いている人たちの中に出たら、へんな感じだろうな! たしかタイ星人とかいうんだっけ――」(それを言うなら対蹠地たいせきち。ぜんぜんちがうよ。今度ばかりは、まわりに誰もいなくてよかったね)「――でも、国の名前を聞かないとなんないよね。すみません、奥様、ここはニュージーランドでしょうか? それともオーストラリアですか?」(アリスは丁寧な言葉遣いをしようとしていたけど、落っこちながら礼儀を気にするなんておかしなことだ! 君ならそんなことするかい?)「そんなこと訊いたら、なんて無知な女の子だろうと思われるだろうな! やめようっと。絶対訊かない。訊かなくても、たぶんどこかに書いてると思うし」


 落っこちて、落っこちて、落っこちて。他にすることもないものだから、アリスはまたひとり言を始めた。「今夜はダイナ、さびしがるだろうな!」(ダイナとは猫のことだ)「お茶の時間にお皿にミルクを入れるの、みんな忘れてなければいいけど。あたしのかわいいダイナ! あなたもここで一緒に落っこちてくれればよかったのに! まあ、空中にネズミはいないけど、コウモリなら捕まえられるよね。コウモリってネズミみたいなものでしょ? でも、ネコはコウモリを食べるのかな」アリスはかなり眠たくなってきて、うとうとしながらつぶやきつづけた。「ネコはコウモリを食べる? ネコはコウモリを食べる?」それが時々「コウモリは猫を食べる?」になったけど、どちらの質問にも答えられないのだから、どっちでも同じ事だった。アリスはうとうとして、やがて、ダイナと手をつないで歩いている夢を見ていた。夢の中でアリスはダイナに熱心に問いかけていた。「ねえ、ダイナ、本当のこと教えてよ。あなた、コウモリ食べたの?」するととつぜん、どさっ! どさっ! という音がして、アリスは小枝と枯れ葉の積まれた山の上に着地した。それで落下は終わったのだ。

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