想いと願い / 竜と巫女の歌1

 竜と巫女は、穏やかに夢を見ていた。

 泡沫のように脆く儚いそれを懐かしむような目で見ていた。

 出会いの記憶が、尊い日々が淡く解けて溶けていく。

 伝えたい言葉はあれど、それを語ることはせず。

 惜しむ気持ちとは裏腹に広がるぬくもりの中を揺蕩う。

 微睡の中に見る夢のように時間さえ置き去りにしたその場所で、ただ隣り合う人と竜。終を迎える人の為、残してしまう竜の為、明日を迎えるその為に、過去を見届ける。

 竜には時間という概念が殆どない。あるのは”区切り”でしかない。

 クラウシュが今持ち合わせているのは、シリカが長い歳月をかけて伝えた感覚でしかない。

「(……明日は、どんなものだろうな)」

 仄かな残り香を漂わせて消えた記憶を前に想う。

 ──ただ区切りがあるだけで、それ以外は何も変わらない日々がある。

 それはシリカと出会ったばかりの己の答え。

 しかし、今はそうではない。

 ──昨日までとは異なる日々がある。

 そして、それをとても恐ろしく感じている。

 

 シリカとの日々は、竜にとっては刹那でしかない。

 その刹那の中で、シリカは老いていった。

 事象としては知っていた。だが、初めて理解した。

 そして、それはまだ一部でしかない。

「(なればこそ、願わくば永遠に──)」

 しかし、その願いを口にすることは出来ない。

 それがシリカを蝕む呪いになることを知っているからだ。

 人と竜の刻限は同じではない。

 だからこそ、彼女の願いに応えて夢を見せたのに。


 己の弱さにやりきれず隣のシリカを見やると、目が合った。

 老いた彼女に顔を寄せれば、シリカは穏やかな笑顔を湛えたまま手を伸ばし、竜の頬へ自らの頬を合わせて抱きとめる。

 これまでに幾度となく繰り返してきた行為だった。

 言葉を飲み込んで、ただ寄り添い合うだけ。

 だが、それでよかった。

 言葉に出来ぬ激情を裡に秘めて、相手を想う。


「(──どうか”あなた”は自由なままで)」

 微かに揺れる竜の呼気を感じながら、シリカはそう願う。

 生かされた者として、その翼を奪ってはならない。

 その優しさを蝕む呪いになってはならないから。

 ……死ぬことは怖い。すべてを失ってしまうのは寂しい。

 けれど、あなたの影にはなりたくないから。

「(……どうかお許しください)」

 夢を見せてと願ったことを。

 あなたを悲しませてしまうことを。

 

 心を結ぶ竜と人。

 竜は人を想い、人は竜を想う。

 だが、互いの願いは少しだけ違っていた。

 竜は共に在る明日を願い、人は竜の明日だけを願っていた。

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霧の竜と竜の巫女 星野 驟雨 @Tetsu

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